第三章 ミカエルの野望

第30話 男の子と出会う

 午後の授業が休講となり、私は町をブラブラしながら家に向かっていた。

 外の空気は気持ちがいい。

 こうして歩いていると、自分の心がスッキリと整ってくる。


「ふざけるな! 金を返してくれ!」


 なにやら物騒な声が聞こえてきた。

 見れば、声を上げているのはまだ小さな男の子だ。


 男の子は雑貨屋の前で、店主の男と何やらもめている。


「うるさい子だ、商売の邪魔だからさっさと帰れ!」

 店主は男の子を追い払おうとしている。


「どうしたの? 何かあったの?」

 私は男の子に聞いてみる。


「この店で買った美容ポーションがひどい粗悪品だったんだ」


「言いがかりは止めてくれ。一度買ったものを、返品だなんて無理なんだよ」


「何言ってるんだ、使い物にならない美容ポーションを売りやがって! おかげで僕は大損したんだぞ!」


「坊主の目利きが悪かったんだよ。あきらめな。商売は子供ができるものではないんだよ」


 店主は、やましいことでもあるのだろうか。

 私が近づくと、隠れるようにさっさと店の中に戻っていった。

「これ以上、商売の邪魔をするなら、司法機関に突き出すぞ!」

 最後にそう捨て台詞を残して。


「どういうことなの? よかったら私に詳しいことを教えてくれない?」


 見ると男の子は涙目になっている。

 よほど悔しいのだろう。

 なんとかしてあげたい。


「僕は露天商をやっているんだけど、ここで仕入れた美容ポーションが売り物にならない劣化品だったんだ」


「露天商をやっているの? その年で?」


「うん。本当は父さんがやっていたんだけど……」

 男の子は言いよどんだ。


 何か事情があるんだわ。


「その美容ポーション、どこにあるの? 私に見せてくれない?」


「えっ? 家にあるけど……」


「じゃあ、家に連れて行ってくれる。その美容ポーションの物によっては、少しはお役に立てるかもしれないわ」


「わかった。こっちだよ」

 男の子はそう言うと、町の外れに向かって歩きはじめた。


 貧民街の集合住宅が並ぶ一角で、男の子は足を止めた。

 年数のたった住宅が並んでいる。

 その一つの、小さな部屋の一室に私は通された。

 どうやら男の子はこの一部屋しかない家に住んでいるようだ。


「母さん、お客さん」

 布団で寝ている女の人がいた。


「これはこれは」

 女の人が起きようとすると、男の子が言った。

「いいよ母さん、無理しないで。そこで寝ていればいいから」


 男の子のお母さんは、体調が良くない様子にみえる。


「これだよ。これがだまされて買った美容ポーションの粗悪品」

 男の子が指し示す部屋の隅に、大きな瓶に詰められた粉末が置かれていた。


「あれ全部、美容ポーションなの?」

 その量に驚いてたずねる。


「そうさ、露天で売るために仕入れたんだ。それが、売り物にならないものをつかまされるなんて……」


「しかたないわオーウェン。中にはひどい商売人もいるから。子供だからって甘く見られたのよ」

 体調の悪そうな母親が声を出した。


 オーウェン。

 この男の子の名前はオーウェンっていうんだ。


「でも母さん、このままでは母さんの薬も買えないよ。病気を治すためには薬が必要だとお医者さんも言っていたじゃないか」


「それはそうだけど……」


「あのー」

 私は思いきって言った。

「もしよろしければ、その美容ポーション、もう少し詳しく見せてもらってもいいですか?」


「どうぞ。こんな粗悪品、もう捨てるしかないし」


 私は瓶に入った粉末を台紙の上に広げる。

 美容ポーションの原料は様々な薬草が混合されたもの。

 元は植物、材料さえ間違ってなければなんとかなるかも……。

 木の枝だって、桜の木だって、回復するんだから……。


 広げた粉末に、私は手をかざした。


「何をするつもりなんだい?」


「回復術を使ってみようと思うの」


「回復術? お姉さん、魔法使いなの?」


「ええ、一応」


「でも、いくら回復術を使っても無理だよ。こんな粉が生き返るなんて無理に決まっているじゃないか」


「無理かもしれないけど、一度試させて」


「……、無駄だと思うけど」


 じゃあ。

 私はあらためて手に魔力をため込む。


「ストラスファクター!」


 手のひらを通じて、粉末の生命力をはかる。

 だめだ。

 まったくと言っていいほどに鮮度を失っている。

 だけど、わずかに……。

 まだ、わずかだけど生命力が感じられる。


「ブリザード!」


 白色の光が粉末を包んでいく。

 一粒一粒の粉が小さく揺れだし、沸騰しているように動きはじめた。


「何がおこっているんだ!」

 オーウェンが目をむいてその光景を見ている。


 しばらくの間、回復魔法をかけつづけた私は、その手を止めて言った。

「さあ、やるだけのことはやってみたわ」


「お姉さん、粉が輝いていたけど、どういうこと?」


「まだ、生きている証拠よ。さあ、無事に商品として出せそうかどうか、試してみましょう」


 美容ポーションは飲むと肌艶が若返る効果がある。

 ただ、残念なことに効果はだいたい24時間ほどできれてしまう。

 けれど、中には5日ほど持つものもある。それらは上質美容ポーションに分類されていて、値段も極めて高い。


「実際に飲んで、効果があるかどうか試してみるのが一番ね」


「じゃあ、お姉ちゃん飲んでよ」


「私? 私は止めておく。これ以上綺麗になったら困るじゃない」

 冗談のつもりで言ったのだが、なぜか誰も笑ってくれなかった。


 横になっているお母さんが口を開いた。

「私は病気でそんなものは飲めません。この子はまだ子供ですし……。よろしければ、飲んでいただけませんか?」


 まあ、一応売り物だった粉末なので、毒でないことは確かだ。

 私が回復させたものだし、私が試してもいいのかな。


「わかりました。テストなんで少しだけ飲んでみます」


「こんな粗悪品、どうせ駄目だと思うけど、お願いします」


 私は少量の美容ポーションを匙にのせ、それを口に入れた。

 やや苦味がある味が口の中で広がる。

 次の瞬間、えっと思った。

 何かが体の中で起こっている。

 なんだろう。


「お姉ちゃん、すごいよ」

 オーウェンがぽかんと口をあけている。


「どうしたの?」


「鏡を、鏡を見て」


 言われるままに部屋の隅にあった鏡に自分の顔を写した。


 うん?

 確かに自分の顔だが、明らかに今までとは違う。


 肌の艶が明らかに違っている。

 そっとほほを自分の手で撫でてみる。

 しっとりつやつやだ。


 魔法高等学校に行ってたときより、ハリがあるじゃない。

 肌だけ見れば子供のようである。


「そんな、信じられない」


「お姉ちゃんすごいよ」

 オーウェンが喜びのあまり飛び跳ねはじめた。

「あの粗悪品がよみがえっている。美容ポーションの効果がちゃんと出ているよ。しかも極上品だ」


「……そのようね。うまくいってうれしいわ」


「これなら売り物になる。お母さんの薬も買えるし、借金だってなんとかなる」


「よかったわね」


「ありがとう」

 オーウェンはそう言うとあらためて私を見つめた。

「それにしてもお姉ちゃんは何者なの? あの粉末を使い物にするなんて、並の魔法使いじゃできないことだよ。お姉ちゃんはいったい何者なんだい?」


 一応、聖女候補の白魔術師なんだけど。

 そんな話をするとややこしそうなので言うのをやめる。


「ただの、魔法大学に通っている学生よ」


「すごいよ。こんな魔法、見たことない。お姉ちゃんは将来きっとすごい人になるね」


「そんなことないわよ」

 一度は魔法をあきらめてしまったことのある劣等生なんだから。

 でも、今度は一人で生きていくためにもがんばらないと。


 私はそう思いながら、オーウェンの家を後にしたのだった。

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