第29話 最後は私が選ぶの?

「さあ、ダンさんの順番が来たわよ」

 ミミが興奮しながら私に言う。


 特設場の中央にダンが立ち、手を広げ体を光らせる。


「うおー!」


 意外だった。

 あの穏やかそうなダンが唸り声をあげている。

 どこか退路を断ったような感じがする。


 ダンの体が緑に輝きはじめた。


「はーっ!」

 ダンはまだ声を絞り出している。

 そして次の瞬間、私は自分の耳を疑った。


「アナスタシアー!」

 なんとダンが私の名前を叫びだしたのだ。

 学生たちがいる前でである。


 ちょ、ちょっと止めてほしいよ。

 はずかしいじゃない。


「アナスタシアー!」

 ダンは何度もそう叫んでいる。

 やがてダンは、森と空が混ざりあったような深い緑と鮮やかな青が融合した光を放ちはじめた。


「う、美しい。これが男性の放つ光なのか!」

 思わず、学生から声がもれる。

 場内が神秘の国に生まれ変わっている。


 そんな中、すかさずエモーショナルセンサーの得点が表示される。


「97点」


「すごい、すごい得点よ」

 ミミが興奮した声を出す。そしてこう付け足した。

「でも、アナスタシアって叫んでた。どういうことよ」


 ダンもその得点を見て、満足そうな顔をして舞台を降りた。

 そしてチラリと私に目を向けてきた。


 はずかしくなった私は、向けられたダンの視線を外す。

 なんとなく、向こうにいるクリスを見た。

 クリスはじっとダンの点数を見つめている。

 にらみつけるような目だ。


「さあ、最後はクリスさん。よろしくお願いします」

 司会者が促すと、ゆっくりとクリスは会場中央に向かって歩いていった。


 数歩進むとクリスが立ち止まる。

 そして、振り返ると私に声をかけてきた。


「俺、負けないから。アナスタシアとダンスをするのは俺だから」


 そんなクリスの言葉はうれしくもあったが、どこか納得のいかない気持ちも残る。

 でもあなたには、マルシアがいるじゃない。

 心の中でそうつぶやいた。


「はっ!」

 舞台上のクリスが、短く声をあげる。


 彼の体が、赤く輝き始める。


 クリスの熱い炎の属性だ。


 会場中が夕焼けのようなやわらかい赤に染まる。


 その時だった。


 ダンに負けたくなかったのだろうか。

 クリスも彼と同じように叫び始めたのだった。


「アナスタシアー!」


 どうして男は、こうも単純な生き物なのだろうか。


 私ははずかしくなりながら、目のやり場に困っているとき、クリスがこう叫んだのだった。


「好きだー! アナスタシア!」


「!!!」


 場内の学生たちは、皆あっけにとられながらポカンと口を開けクリスを見ていた。


 クリス!

 何を言っているの?

 レッドドラゴンの光線にあてられて、どうかしてしまったわけ?

 それともあなたはただの馬鹿だったの?

 マルシアという女性がいるのに何を言っているの?

 みんなの前で恥をかきたいわけ?


「好きだー! アナスタシア!」

 クリスは繰り返す。


 私は、逃げ出したい気持ちをおさえながら、ぼう然とこの場に立つしかできなくなっていた。

 いったい何が起こっているのか理解できない。


 赤い光がバラのような情熱の色に変わっていく。

 迷いのない真っ直ぐな色をしている。


「素敵な光だ。愛情を称えるような赤が場内に広がっている!」

 誰かがそんな声をもらしている。


「クリスの想いが、このような強くてやわらかい光を表出しているんだ」


「なんだか、こちらの心までが熱く燃えてくるようだ」


 会場中が、クリスの色に染められてしまっている。

 赤いオーロラが、空間を揺らめきながら感情の波を沸き立たせるようだった。


 しばらくあっけにとられていた司会者も、我に返って声をあげた。


「こ、これは……、これは、間違いなく良い点が出るはずです」


 すべての参加者がクリスの得点に注目した。


 やがて、空間にエモーショナルセンサーの数字が表示された。

 その数字を見た学生たちから、どよめきが起こる。


「97点」


「同点です! クリスの得点はダンと同じ97点です!」


 場内がざわつきはじめた。


「97点なんて高得点を、二人も出すなんて……」

「アナスタシアの99点といい、今回は恐ろしくレベルの高い大会になったぞ」

「けれど、どうなるのよ。男性部門の優勝者が二人になったわ。どちらがアナスタシアと踊るのよ」

「そうだ、クリスとダン、どっちがアナスタシアとダンスするんだ?」


 そんな中、司会の男性が説明をはじめた。


「今、ルールブックを確認しております。ええっと……、あ、ありました。これです。『男女どちらか一方が同点での優勝をした場合、ダンスを行うのはパートナーとなりうる人物から指名された方とする』とあります」


「つまり、どういうことなんだ?」


「つまりです。つまり、クリスと踊るのか、ダンと踊るのか、決めるのはアナスタシアです」

 みんなの視線が私に集まった。


 ええ?

 私が決める?

 もう、正直、ダンスなんてどうでもいいのよ。

 みんなの前で、どっちがいいなんて決められるはずないじゃない。


 そんな思いなどお構いなしに司会者は促す。

「さあ、アナスタシア、クリスとダンのどちらとダンスしますか?」


「私、もうダンスは無しでいいです。疲れ切っていますので、これで終わりにしましょう」


「無しですか……」


「それは駄目よ」

 そう口をはさんだのはミミだった。

「二人の男性が恥をしのんで競い合ったのだから、どちらか決めてあげないとだめだわ」


 恥をしのんで……。

 そんなこと、別にお願いしてないんだけど……。


 けれど、会場の雰囲気もミミの意見に同調しているようだ。


 やっぱり、踊らないといけないのかな。


「さあ、アナスタシア、どちらの男性と踊りますか?」


 私はダンを見た。

 マジックライトを教えてくれたのはダンだった。


 私は一人で生きていくと決めているから、ダンと付き合うつもりなんてないけど、まあダンスをするだけなら、別にいいよね。

 これは、ただのダンスなんだし……。


 クリス、悪いけど……。

 あなたにはマルシアがいることだし……。


「私……」

 私がそう口を開いた時だった。


 なぜか私の頭の中に一つの映像が浮かんできた。


 私のために自分を犠牲にして、レッドドラゴンの光線を壁になって防いでくれたクリスの姿が浮かんできたのだ。


 それと、あの時もそうだった。

 ゲレーロが攻撃してきた時に守ってくれたのもクリスだ。


 いつも偶然だけど、クリスは私のそばにいた。そのおかげで私は命を救われた。

 偶然……。

 本当に偶然だったの?

 偶然に……、クリスは私のそばにいたの? 二回も?

 偶然……。

 いつもクリスは私のそばに……。


「私……」

 これは、ただのダンスなんだし。

 今、このときだけは彼と踊ってもいいんじゃないかしら……。


 そして私は、呼吸を整えるとこう言葉を発していた。


「私、クリスと踊ります」


 なぜか、どこからともなく拍手が沸き起こってきた。

 まだクリスの光の余韻が残っているのだろうか。会場中が赤く温かい空気に包まれている。


 そんな中、クリスが私に近づいてきた。

 目の前まで来ると、スッと右手を差し出してきた。


 この時になって思い出した。

 私、ダンス苦手なのよね。

 でも、とりあえず、クリスの手に私の手を重ねる。


 クリスの赤い光が私の体に溶け込んできた。


「さあ、アナスタシア、俺たちの光でみんなを輝かせてあげようよ」


「クリス、私もうクタクタで光なんて出せないよ。黒魔法も苦手だし」


「大丈夫、俺がフォローするからやってみて」


 私は言われるがまま、わずかな魔力を絞り出し、黒魔法で自分を光らせる。

 力のない薄い白色の光が私をまとった。


 そんな私の白い光をクリスの赤がそっと拾ってくれてまざり合う。。

 やがて会場は、桜の花びらのような、ほのかな桃色をした光源に包まれた。

 私とクリスはその中を踊り始める。


「なんてやわらかい、それでいてあたたかい光なんだ!」

「自然と力が湧き出てくる光だわ」

 みんなが喜びの声をあげはじめた。


  ※ ※ ※


 踊りながらクリスが私にだけ聞こえるような声で話しはじめた。

「あのときの返事をさせてもらってもいいかな?」


「あのときの返事?」


「アナスタシアは俺に聞いてきただろ。マルシアと俺が付き合っているのかって。その返事を今させてほしい」


「……」


「俺はマルシアとは付き合っていないよ。昨年はたまたまマジックライトでダンスを踊ることになったけど、それだけの関係だ。それ以上のことは一切なにもない」


「でも……」


 思い切って聞いてしまおう。


「でもクリスとマルシアは、二人っきりで夜を過ごすような仲だと聞いているわよ」

 言ってしまった。

 ついに禁断の言葉を吐いてしまった。

 私の心臓は飛び出しそうなくらいに高鳴りはじめた。


「誰がそんなことを言ったの?」


 マルシアがそう言った。

 そう言いたかったが、そんなこと実際に言葉として出せるわけなかった。


「誰がそんなこと言ったのか、なんとなく想像できるけど、決してそんな事実はないよ」


 本当なの。

 念押しで聞きたかった。

 でも、言葉が出ない。



 クリスは私の目を見つめてくる。

「俺はあの時、君と手をつなぎながら言ったはずだよ。『君を裏切るようなことは絶対にしない。それだけはここで宣言する』って」


「……うん」


 そうなんだ……。

 付き合ってはいないんだ……。


 なぜだか涙があふれてくる。

 私はそれを必死でがまんした。


 二人から桜の花びらのような光が放出され、会場の中を舞いはじめた。

 それは、二人から自然にはじける幸せの粒子が、会場中を自由にかけめぐり飛び回っているかのようでもあった。


「幸せだわ」

 会場の至るところから、そんな声がもれ聞こえてきた。

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