第21話 ダンの誘い

 入学の手続きがまだ残っているらしく、私は昼休みに学校事務局へ向かった。

 緊張する。

 それもそのはずだった。

 事務局にはダンがいるからだ。

 私にマジックライトを教えてくれたダン。

 ダンも競技に参加して、優勝すると言っていた。そして私とダンスするんだと。

 でも、一緒に練習することを私は断ったんだ。

 私は一人で生きていくんだから。


 そんな思いの中、ダンがいる事務局へ足を運ぶなんて、ちょっと気が重い。


 事務局に行き、対応してくれた職員を見て私はホッとした。

 ダンではなく、知らない女性職員だったから。

 けれど、ホッとしたのもつかの間だった。


「アナスタシア、久しぶり」

 女性職員の後ろからそう声をかけてきたのはダンだった。


「お久しぶりです」

 やはり、なんだか気まずい。


「僕が対応するよ」

 ダンは女性職員にそう言って担当を変わると、私に向かい合う椅子に座った。

「それはそうと、マジックライトの練習は順調に進んでいるかい?」


「え、ええ、まあ……」


「僕はマジックライトの出場を取りやめたりはしないよ。優勝して君と踊りたいからね」


「私、もう練習はしていないんです。優勝なんてどうでもいいと思っていますから」


「そうなんだ……」


「ですから、女性部門の優勝は今年もマルシアだと思います。ここの学生はまた今年もマルシアとクリスのダンスを見たいと期待しているでしょう。そんな中、もし歴代優勝者のあなたがクリスに勝ってしまったら、マルシアとクリスが踊れなくなってしまいますよ。二人の邪魔をしないほうがいいのではありませんか?」


「うん、そうだね」

 ダンは続けた。

「大会は先に女性部門が開かれるんだ。もしそこでマルシアさんが優勝したら、僕は出場を辞退するよ。けれど、アナスタシア、君が優勝したら僕は本気で優勝を狙いにいくからね」

 そう言ってダンはとびきりの笑顔を見せた。


 きっと優しい人なんだろうな。作り笑顔ではないもの。心からにじみ出ている笑顔だもの。


「アナスタシア、僕はまだ脳裏に焼き付いているよ。ゲレーロに撃たれたマルシアを君が助けたところを。驚くほどの才能だった。あんな回復術、誰にもマネはできないよ。そんな君が優勝できないわけないだろ。僕はみんなの前で君と踊りたい。それが今の僕の夢さ」


「ダンさんは私を買いかぶりすぎているわ。そう言ってくれるのはうれしいけど、私はとても優勝なんて無理です。だから、一緒にダンスなんて無理なんです」

 何もかもをやわらかく断ったつもりだった。


「そんなことはないよ。君は優勝できる力を持っている。そして僕も優勝する。優勝して、みんなの前で君とダンスを踊ってみせるよ」


 もう何を言っても無駄なようだ。


 私は優勝なんかできないし、そんな実力もないというのに。


「それと」

 ダンはこんなことも付け加えてきた。

「あんな回復術を使えるんだ。君は間違いなく聖女になるよ。それだけの才能を持っているんだよ」


 聖女……。

 その言葉に、ある疑問が浮かんできた。

 それをそのまま言葉にする。


「ダンさん、あなたは私が聖女になるかもしれないから、こうして近づいてきているの? 私ではなく聖女に興味があるのではないの?」


 ダンは驚いた顔をする。

 そしてこう言った。

「アナスタシアが聖女になろうがなるまいが関係ないよ。僕は君が桜の木を満開にしたときから、すっかり君のファンになってしまっているんだ」


「私ではなく、私の才能に興味があるのね」


「アナスタシアの才能は、君自身の一部だよ。君の回復術は、君の人間性そのものなんだから」


「よくわからないわ」


 私の言葉で、ダンがまたあの笑顔を向けてきた。

 ドキッとする笑顔。

 ずるい、と思った。


「どちらにしても」

 ダンははっきりと断言した。

「僕は負けないから。マジックライトで優勝するのはクリス君ではなく、僕だから。そして、僕はまだアナスタシアのことをあきらめていないからね」


 そんなことを言われて、嫌な気はしないけれど……。

 私は欠点だらけの人間よ。

 ちょっと誤解されすぎてしまっている……。


 私は一人で生きていくんだから。

 そう思った私だが、頭の中にはダンの笑顔が焼き付いてしまっていた。

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