第20話 みんな知っていた

 ゲレーロが私を襲ってきた時、どうしてクリスはあんなに早く駆けつけてくれたのだろうか?

 たまたま、私とダンが練習している近くにいたのだろうか?


 なんとなく、そのことが頭に引っかかっていた。


「アナスタシア!」

 校庭からそっと離れていく私に声をかける人がいた。


「あっ、ミミ」

 同級生のミミが走り寄ってきたのだった。


「すごいわ、アナスタシア。マルシアが助かったのは、あなたのおかげよ」


「うん、私もうまくいってホッとしているわ」


「それにしても、なんでなの?」


「えっ?」


「なんで、マルシアに自分が助けたことを隠しておくの?」


「それは……」


 ミミにはまだ話してなかった。

 マルシアは、私がクリスに近づこうとしている危険な女だと誤解していることを。

 クリスはマルシアという女性がいるのに、私に好きだと告白していることを。


「それにしてもあなたたち、うまくいっているわね」


「あなたたちって、どういうこと?」


「あなたとダンのことよ。毎日二人っきりでマジックライトの練習をしているのでしょ」


 ミミの言葉に唖然とした。


 ミミは繰り返す。


「学校職員のダンと、二人っきりで練習しているんだよね?」


「ミミ……」

 私はびっくりして聞く。

「どうして私とダンが練習していることを知っているの?」

 放課後の練習のことは誰にも話していない。

 なぜ、ミミがそのことを知っているのだろうか?


「マルシアがみんなに教えてくれたのよ。あの二人は付き合っているんだって」


 マルシアがそんなことを……。


「もう学校中の全員が知っているわよ。あなたとダンの仲がいいことを。なにしろアナスタシア、あなたは聖女候補の有名人なんだから。みんなあなたたちのことを注目しているわよ」


 そうだったのだ。

 練習のことは隠していたつもりだったが、みんな知っていたのだ。

 知られていないつもりが、実はみんなに注目されていたなんて……。


 ミミは続けてこんなことを言った。

「マルシアもあなたたちの関係を気にしていたみたいよ。今日も、あなたたちの練習風景をのぞき見しようとして、あんな事故にあったんじゃないかしら」


 そうだったんだ。

 どうして校庭にマルシアがいるのだろうと不思議に思っていたけど、まさか私とダンの練習を見るためにあんなところにいたなんて……。

 ということは、クリスもマルシアと一緒に校庭にいたのだろうか。

 だとしたら、仲のいいことだ。


「ねえミミ、マルシアは私に対して良い感情は持っていないと思うの。だから、彼女を救ったのはカミラ先生だということで、周囲の人たちにも口裏を合わせておいてほしいの」


「別にいいけど、私なら救った事実をマルシアに突きつけて、一つ貸しでも作っておくけどね」

 ミミはいたずらっぽく笑った。


「そんなつもりで助けたのじゃないからいいのよ」


「それはそうとアナスタシア、黒魔法の苦手なあなたがマジックライトで優勝するのは難しいかもよ」

 ミミは話題を変えてきた。

「実力からすると、みんなの前で最後にダンスを踊るのは、マルシアになると思うわ。で、仮によ、もし今年ダンが優勝した場合、ダンがマルシアと踊ることになるけど、それでいいの?」


「別に、いいんじゃない」


「別にいいって、あなたとダンは付き合っているんじゃないの?」


「ミミ、どうしてそんな噂になっているのか知らないけど、私とダンは付き合ってなんかいないわよ。ただ単にマジックライトを教わっているだけなんだから」


「でも、ダンはあなたのことを好きなんでしょ。好きだから、アナスタシアと一緒に踊りたいからマジックライトの出場を決めたんでしょ」


 そうだった。

 ダンは言った、みんなの前で一緒にダンスを踊ろうと。


 みんな知っているんだ。

 ダンが私とダンスを踊りたがっていることまで。


 そんなダンの気持ちを知りながら、気づかないふりをして好意に甘えて、私は彼を練習に付き合わせていただけなのかも……。


 もう、やめよう。

 もう、マジックライトなんてどうでもいい。

 どうせ私には黒魔法の才能なんてないんだし、みんなの前で恥をかくくらい平気だわ。


 もう明日からはダンと一緒に練習するのは止めにしよう。


 だって、私は男なんかに頼らずに生きていくんだから。

 この世の中を、一人で生きていくために魔法の世界に戻ってきたんだから。

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