第17話 クリスに思い切ってきく

 朝から気が重い。

 昨日はダンにマジックライトを教えてもらったがぜんぜん上手くできなかった。

 それに。

 やはりクリスとマルシアのことで頭がいっぱいになっている。


 登校二日目からこんな状態では先が思いやられる。

 だいたい私は、もう男なんていらないって決めたはずだし。

 一人で生きていくんだし。


 そう思って邪念を振り払いながら家を出た。

 歩いて五分もしないうちに聞き慣れた男性の声がする。


「おはよう、アナスタシア」


 私が振り向くとそこにクリスが立っていた。


「おはよう」

 平静を装い、私もあいさつを返す。


「昨日、授業が終わってからどこに行っていたんだい? 気がつくと教室から姿を消していたから」


「どこに行ってたかなんて、いちいちクリスに報告しないといけないの?」

 ちょっと意地悪く答えてしまった。


 マルシアという女性がいるのに、クリスは軽い気持ちで私のことを好きだと言ってきた。

 そのおかげで、私の心は振り回されっぱなしなのよ。


「いや、そんなことはないけど……」

 クリスは困ったような顔をしながら続けた。

「特待生歓迎パーティーのことなんだけど、アナスタシアに提案があるんだ」


「何?」


「そこでマジックライトという競技が行われるんだけど、それにはちょっとしたコツがいるんだよ。二人で練習しないかい?」


 二人で、練習……。

 でも、クリスにはマルシアという私よりもずっと美人でスタイルの良い女性がいるのでしょ。

 そんな人がいるのに、私と二人っきりで練習するというの?


 でも……。

 特待生試験のときも、クリスは時間を見つけて、私を特訓してくれたんだ。

 あんなこと、なんとも思っていない人相手にできるものではない。


 マルシアが言っていたあの言葉……。


 ──二人っきりで夜を過ごすような仲──


 あれは本当なのだろうか。

 マルシアとクリスは付き合っているのだろうか。

 はっきりさせたい。

 このままではモヤモヤがいつまでたっても消えない。


 聞けるの? 私。


「ねえ、クリス」

 私は思い切って口を開いた。

「マルシアのことを聞いてもいい?」


「えっ? ああ、いいよ」


「クリスとマルシアは付き合っているの」

 言ってしまった。 

 私の中の血液が沸騰してくる。


 その時だった。


「おはようクリス」

 私たちの間に割り込むような声が聞こえてきた。


 後ろを振り向くとそこにはマルシアが立っていた。

 彼女は足を早めるとクリスの横に並んだ。


「ねえクリス、ちょっと相談したいことがあるのよ。二人っきりになれない?」

 マルシアはクリスに微笑みかけながら、いきなりそう声をかけてくる。


 やっぱり、普通の仲ではない。

 みんなが言うように、二人はできているんだ。


「なんだい相談って? 今ここではできない相談なのかい?」


「大切な話なの。二人っきりで話したい」


 マルシアの言葉にクリスはこう答えた。

「わかったよ。じゃあ、アナスタシア、悪いけどマルシアと二人にしてくれる?」


 えっと思った。

 私との話はどうなったの?

 勇気を出して、マルシアと付き合っているかどうか聞いたんだけど。

 ……、これが答えってわけね。

 言いにくいことを態度で示したわけね。

 ……最低。


 私は無言で足を止めた。


 クリスとマルシアはそのまま前を歩き、二人との差はどんどんと広がっていった。


 もう忘れよう。

 私へのクリスの言葉は、すべてなかったことにしよう。

 だいたい私は男なんていらないのよ。

 これからも一人で生きていくために、私は魔法の世界に戻ったんだから。


 そんなことを考えていると、どこからか私を呼ぶ声がした。


「おはよう、アナスタシア」


 男の声だった。

 聞き慣れた声のする方向に、私は顔を向けた。

 そこに立っていたのは、笑顔いっぱいのダンだった。


「あ、昨日はマジックライトのこと、いろいろ教えてくれてありがとう」

 私は平静さを取り戻して、そうお礼を言った。


「とんでもない。僕の方こそでしゃばったマネをして申し訳なかったよ」

 ダンはそう言うと前方にいるクリスとマルシアを見た。

「あの二人、仲がいいね」


「……」


「アナスタシアはクリス君と知り合いなんだろ?」


「ええ、まあ」


「クリス君は、女の子にとても人気のある生徒だよ」

 ダンは一呼吸置いて、こんなことを言ってきた。

「クリス君のような、モテる男に近づこうとすると大変だよ」


 どういう意味?

 ダンは何が言いたいの?


「私、クリスになんか近づくつもりはないですから」


「そうなんだ。それを聞いて安心したよ」


 私のはるか前方には、クリスとマルシアが肩を並べて歩いている。


 その後ろで、私はダンと二人で大学に向かって歩いていた。

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