第15話 男性職員に声をかけられる
「マジックライトの練習をしているんだね。僕も手伝おうか?」
男性職員はさわやかな顔をしてそう言ってきたのだった。
「いえ、自分ひとりで練習しますので結構です」
私の口から自然とそんな言葉が出てくる。
「そうですか。ただ、これでも僕はマジックライトの歴代優勝者なんですよ。僕のアドバイスを聞いても損にはならないと思うよ」
歴代優勝者。
その言葉が頭に響いた。
この人、そんなにすごい人なんだ。
「だったら、少しだけ教えてください」
男性はニコニコしながら近寄ってきた。
「僕の名前はダン。よろしくね」
繊細そうだけど芯のしっかりとしていそうな人。
そして、やさしそう。
そんな印象だった。
「じゃあ、僕のマジックライトを見てもらうことから始めるよ。歴代優勝が嘘でないことを証明しないといけないからね」
ダンはミミがしたのと同じように空に手を広げた。
「えっ!」
私は思わず息を呑む。
ダンの体から緑色の光が放たれ、オーロラのように揺れている。
力強くて、美しさも兼ね備えている。
「どうだい。これが僕の光だよ」
「すごい、すごいです」
私は素直に言葉をもらす。
「ありがとう」
ダンはそう言ってはにかんだ。
その表情に少し心を持っていかれた。
「マジックライトは光の強さも必要なんだけど、もっとも重要なのがその美しさなんだ。この競技は美しさこそ正義なんだ」
「美しさこそ正義……」
「そう」
「でも、どうやってその美しさを測るの? だれが勝ったなんてどうやって決まるの?」
「エモーショナルセンサーさ」
聞き慣れない言葉だった。
「何それ?」
「10名の審査員がいて、その人達の感情の高ぶりを数値化するんだよ。合計で100点満点。90点以上出せれば、ほぼ間違いなく優勝だね」
感情の高ぶりを数値化……。
要はどれだけ人を感動させるかの勝負なのね。
「ところで……」
ダンが改まって言った。
「マジックライトの優勝者が皆の前でダンスするのは知っているよね」
「ええ、聞いてます」
「お互い優勝して、僕とあなたで一緒にダンスしない?」
「一緒にダンス?」
「うん、マジックライトには歴代の優勝者も参加資格があるんだよ。君とダンスしたいので、今回は僕もエントリーしようと思っているんだ」
私とダンスがしたい?
「そう言ってくれるのはうれしいけど、それは無理だわ」
「どうしてだい?」
「だって、あなたは優勝するかもしれないけど、私は到底優勝なんてできないわ」
「大丈夫だよ」
ダンは満開の桜を見た。
「この桜の木を生き返らせた魔力の持ち主なんだから、アナスタシアは絶対に優勝できるよ」
「でも、マジックライトは黒魔法で体を光らせるのよね。私、黒魔法は苦手なの」
「だったら僕が教えるよ」
教える……。
そう言えばクリスにもいろいろ教えてもらったな。
この桜の木を満開にできたのもクリスのおかげ。
白魔法に黒魔法を加える技。
ブリザード。
すべてクリスから教わったものだ。
けれど、マルシアの言葉が頭から離れない。
彼女ははっきりとこう言ったのだった。
──二人っきりで夜を過ごすような仲──
それがどういう意味なのか、もちろんわかっている。
そんなことをわざわざ私に知らせてくるマルシアの気持ちもわかる。
もうクリスには近づくなとマルシアは私に忠告しているのだ。
クリスのあの言葉はなんだったのだろうか?
マルシアという彼女がいながら、なぜ私に告白したのだろうか?
もう少しで私は、とんでもない男に引っかかるところだったのかもしれない。
そんなことをぐるぐると考えているとダンの声が再び聞こえてきた。
「ねえ、約束だからね。僕が君を特訓して優勝させるから、そうなった時は僕とダンスしてくださいね」
「ええ、万が一優勝できればね」
どちらにしても、優勝なんてできるはずないんだから。
「それにしても、どうして私なんかとダンスしたいわけ?」
「前にも言ったでしょ。君がこの桜の木を満開にしたときから、完全に僕の心は君に持っていかれているんだよ」
「そんなこと言って、あなたみたいなカッコいい人、もうだれか素敵な人がいるんでしょ」
「カッコいいなんてお世辞でもうれしいよ」
ダンはそう言うとまた引き込まれるような笑顔を向けてきた。
「はじめにはっきりと伝えておくよ。僕は今付き合っている女性なんていないよ。それと、君以外の女性とは付き合いたいとも思っていないから」
私以外の女性とは……。
その言葉が、私の中でこだました。
けれど。
こんな心地いいことを言ってきても、ミカエルのように男はすぐに裏切る生き物なのよね。
なぜか私はそんなことを考えてしまっていた。
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