第9話 思わせぶりなクリス

 試験結果をうけて、クリスがニヤニヤしながらこちらを見ている。


「何? 何なのよ」

 見つめられた私は思わず声を上げた。


「周りを見回したら?」


「えっ?」

 そういいながら言われる通り周囲に目を向ける。


 じっとこちらを見つめていた生徒たちの輪からパラパラと拍手が起こってきた。


 拍手をしてくれる人が少しはいるんだ。

 そう思っていた時だった。


 その拍手の音が段々と大きくなっていった。

 やがてその音は、大音響となって私をやわらかく包んでしまった。全員が、周囲の生徒全員が私に向けて拍手をしているのだった。


「すごい、この試験を突破できる人がいたなんて」

 生徒たちの声が聞こえてきた。

「とんでもない白魔法使いだ。さすが優等生クリスの知り合いだけあるぞ」

「聖女よ。こんなことができるんだから、この娘はきっと聖女になる器だわ」


 試験前の否定的な意見と違い、皆が驚きと称賛の声を上げている。

 その中で、クリスの自慢げな顔が光る。


「俺が嫉妬した才能の持ち主なんだから、これくらいのことはしてくれないと」


「当然なことのように言わないで。なんとか必死でクリアしたんだから」

 周囲の声に照れている私はそう述べると、クリスに言わなければならないことを伝えた。

「ありがとうクリス。魔法をあきらめてしまった弱い私を奮い立たせてくれたのはあなたよ。あなたのおかげで、またこの世界に身をおくことができそうよ」


「俺はただ、アナスタシアを応援したかっただけなんだ。俺の鑑定眼が、君のあふれる才能を見つけ出してしまってから、ずっと君のことを応援したいと思っていたんだ。けれど、高等学校時代は、俺も素直になれなくて、遠くから君を眺めることしかできなかった。でも今は違う。俺は自分に正直に生きるよ。君をいつまでも応援していたいんだ」


 なんだか愛の告白を受けているみたいだ。

 クリスのまっすぐな言葉を浴びせられている私は、天にものぼる気持ちになっていた。


 そんな時だった。

 一人の女生徒がクリスに近づいてきた。


「クリス、お疲れ様」

 そう言って近づいてきたのは、朝私たちに声をかけてきたマルシアだった。

 マルシアはちらっと私を見るとこう声をかけてきた。

「おめでとう。クリスの話した通りだわ。確かに魔法だけはすごい娘みたいね」


 クリスの話した通り?

 この女学生はクリスとよく話をする間柄なのだろうか。

 私なんかよりもずっとスタイルも良くてきれいな人。

 ハンサムなクリスとはお似合いの間柄に見える。


 そう感じていた時、クリスが口を開いた。

「マルシア、アナスタシアは魔法だけがすごい娘ではないよ。とても素敵な性格の持ち主なんだ」


「素敵な性格?」


「そう。まっすぐで危なっかしい性格だけど、守ってあげたくなるようなきれいな心を持っている人だよ」


 私はクリスの言葉に空いた口がふさがらなかった。

 クリス、誤解しているよ。

 私は婚約を破棄された、魅力も取り柄もない女なの。

 そして、きれいでもなんでもない、世ずれしてしまった女なのよ。


「ふーん、まっすぐできれいな心ね」

 マルシアの視線が私に突き刺さってきた。


 そう、この人の感じている通りだよ。

 私はまっすぐできれいな心なんて持っていない。

 邪念だらけの人間なのよ。

 ただ、バカで計算が苦手なだけの価値のない女よ。


 そんな私の思いとは裏腹に、クリスは話を続ける。

「俺、そんなアナスタシアのファンなんだ。だからマルシアも彼女と仲良くしてくれよ」

 クリスはそう言って微笑んだのだった。

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