第8話 試験結果

「では、さっそく試験を開始しましょう。どうせ結果は見えているのですから」

 試験官のステファン先生が、ちらっと私を見てそう言った。


 私はというと、多くの聴衆を前に、足はまだ震えてしまっている。

 少し時間を置いて心を落ち着けたいというのが本音だった。

 けれど、先生はそんなことお構い無しで進めていく。


「ここに桜の木があります」


 確かに校庭に大きな木が一本生えていた。


 これが桜の木?


 冬でもないのに木には葉っぱが一枚もなかった。幹もところどころ腐ってしまっており、明らかに死にかけている、いやもう死んでしまっていると言ってもいい木に見えた。


「試験内容は簡単だ。アナスタシア、この木を生き返らせてみろ。見事できれば試験は合格だ」


 この木を生き返らせる?


「見て分かる通り、この試験は小さな枝に花を咲かせるような簡単なものではないぞ。これだけの巨木を生き返らせるには相当の魔力が必要になる。今まで数多くの受験生が挑んだが、未だ誰も成功したものはいない」


 私は自分の前に立つ一本の大木を見つめた。

 まだ、生きている。

 枯れ果て、朽ち果てかけているけど、この木は最後の力をふりしぼり生きようと必死にもがいている。

 この木に力を与えたい。

 私でできるのかしら。

 できるはず。この一ヶ月、そのためにクリスと一緒に訓練を続けたのだから。


 そう心に気合を入れているときだった。

 周りを囲む生徒たちの声がもれ聞こえてきた。


「いくらなんでも無理だ」

「あの木をよみがえらせるなんて、このエリート魔法大学の中でさえ誰一人としてできないことだよ」

「まあ、この特待生試験は受験生を落とすためのものだから、不可能な課題を与えているだけだよ」

「わざわざ受験生は準備してきただろうに、残酷な試験だね」

「かわいそうだけど、受けるだけ無駄でしょう」


 聞こえてくる周囲の声は、すべて私を否定するものばかりだった。

 私は耳にフタをしようと努力するが、どうしても頭がその声を拾ってしまう。


「さあ、試験をはじめてください」

 ステファン先生の声が響いた。


 私は夢遊病者のように木の前に立ち、回復魔法を発動する。

 足が震えて、うまく魔法陣を張ることができない。


 やっぱり駄目なんだ。

 名門カサ魔法大学の特待生なんて、私には身に重すぎるものなんだ。


 ガタガタと私の中の自信が崩れ去っていく。


 その時だった。

 私の耳にある声が届いた。


「アナスタシア、しっかりしろ!」


 聞き覚えのある声。

 私をもう一度魔法の世界に呼び戻した男、クリスの声が耳に届いてきた。

 その声で私は冷静さを取り戻すことができた。

 無理をして背伸びをしても仕方がない。身の丈に合った魔法、それをここで精一杯行うだけだ。


「ハッ!」

 短く声を上げ、足下に雪の結晶にも似た魔法陣を張る。右にも左にも斜め上方にも魔法陣を広げていく。


「大丈夫だ、アナスタシアならできるはずだ!」

 またしてもクリスの声。私はその声に押されて呪文を唱える。


「ストラスファクター!」

 私のとっておきの術式。以前にクリスがコピーしたものだ。


 私から発する青白い光が、桜の木を覆っていく。


 まだだ。

 まだ、魔力が足りない。


 白魔法に黒魔法をかける。

 クリスが教えてくれたとっておきの秘伝術。


 これが今私にできる精一杯の魔法!


「ブリザード!」

 たった一つだけ覚えた氷属性の黒魔法。


 青白い光の周りを、氷を帯びた吹雪が吹き荒れる。


 さあ、よみがえって! あなた自身の力で息を吹き返すのよ!


 やがて吹雪がおさまり、桜の木が黄金色に輝きはじめた。

 一枚、二枚、葉が生まれていく。

 三枚、六枚、十二枚、その勢いは止まらない。

 どんどんと葉が広がり、木いっぱいに生い茂る。

 そのまま枝の先から小さな丸みを帯びたものが出来上がる。

 その丸みはみるみる大きくなり、桃色に色づいていく。

 そして、ついにはつぼみが開くと、木には満開の桜の花が咲き誇っていた。


 周囲の生徒たちは、信じられないといった顔つきで満開の桜を眺めている。

 驚きからか、誰も声を上げるものはいない。


 この静けさに不安を感じた私は、恐る恐る試験官であるステファン先生の顔を見る。

 先生は口を半開きにしながら呆然と立ち尽くしている。


 合格なんだろうか?

 先生の口からその言葉を聞くまでは、安心できない。


 私の心を察してくれたのだろう、クリスが口を開いてくれた。

「ステファン先生、桜の木が生き返りました。アナスタシアは無事に試験合格となったのでしょうか?」


 その言葉でやっと我に返ったようにステファン先生は私に顔を向けた。

 そしてこう言ったのだった。


「おめでとうアナスタシア。今日からあなたはカサ魔法大学の特待生として、これからは聖女の職を目指してもらいます」


 聖女。

 その言葉が私の頭の中で響いていた。

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