第5話 カサ魔法大学

「クリス……」

 私は唖然としながら彼を見つめていた。

 魔法高等学校をやめて四年ほど経つ。やや大人びたクリスだが、あの頃の面影はしっかりと残っている。

 魔法の才能ばかりではなく、容姿端麗も重なり、クラス全員の女の子が注目していた存在。そんな完璧すぎるクリスのことを、私はどこか苦手にしていた。


「元気にしてた?」

 そう言って私に近づいてくるクリスだが、私の顔を見てすこし表情が曇る。

「あんまり、元気そうに見えないけど、何かあったの?」


 私はカラ元気を出して笑っていたのだが、やはり天才には通用しなかったようだ。簡単に見破られてしまっている。


「ちょっと、将来のことを考えていたら、暗くなってしまったのよ」

 まさか婚約破棄されたところだとも言えず、あいまいな言葉でごまかした。


「そうか、将来のことね」

 クリスはそうつぶやくとじっと私の顔を見た。

 こうして近距離で見つめられると、いやでも緊張してくる。

「アナスタシアは今なにをしているの?」


「最近まで宮廷で給仕の仕事をしていたんだけど、もうそれもやめて今は無職よ」


「ふーん、宮廷か。華やかなところで働いていたんだね」


「そうでもないわよ。それで、クリスは何をしているの?」


「ああ、俺はまだ学生なんだ。今、カサ魔法大学の三年生」


 カサ魔法大学といえば、名門中の名門だ。


「大学生なんて、良いご身分ね。私は仕事をして稼がなければ生きていけないわ」

 少し嫌味をこめてそう言ってしまった。


「そうでもないよ。俺も生活はぎりぎりなんだ。魔法大学へは特待生として入ったので授業料はいらないし、生活費も奨学金でなんとかつないでいる状態なんだ」


「カサ魔法大学の特待生?」

 私は空いた口がふさがらなかった。

 あの名門大学の特待生だなんて。やはりただ者ではない。


「あっ、そうだ」

 天才はそう言うと何かを思い出したかのように言葉を続けた。

「今度、うちの大学で新たな特待生を募集しているんだよ。白魔法科の特待生だよ。アナスタシアも受けてみないか?」


 私はあなたの才能のおかげで魔法をあきらめた女よ。

 そう思いながら返事した。

「私みたいな才能のかけらもない者が受かるわけないでしょ」


「いや、そんなことないよ。アナスタシアは俺が初めて嫉妬した才能の持ち主だから」


「はぁ? どういうこと?」


「裏山での課外授業、覚えている? 木の枝に白魔法をかける授業」


 忘れるわけがない。あの時にクリスとの才能の違いを見せつけられ、私は学校を去ったのだから。


「俺、あの時、枝から花を咲かすことができただろ? 実はあれにはカラクリがあったんだ」


「カラクリ?」


「そう、カラクリ」

 クリスはそう言って爽やかな笑顔を見せた。

「あの時、アナスタシアは木片にたくさんの葉を生やしたよね」


「たった三枚よ。たくさんではないわ」


「でも先生よりもずっとたくさんだ」


 そう、先生は一枚がやっとだった。確かにそれに比べれば多いかもしれない。でもクリスは、葉っぱを五枚生やした上に大輪の花まで咲かせたのだ。


「あなた、自分のやったことを改めて自慢したいの?」

 少しクサっていた私は、嫌味な言葉を投げかけた。


「そうじゃないんだ。俺があの時に花を咲かすことができたのは、すべてアナスタシアのおかげなんだ。君の才能のおかげであんなことができたんだよ」


「カラクリだとか、私のおかげだとか、何を言っているのかさっぱりわからないわ」


「今からそのカラクリを説明するよ」

 クリスはまじまじとした顔でそう言ったのだった。

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