第3話 荒らされたネコ飼育施設
「さて、準備はよろしいでしょうか?」
エイベルムは、ネコ400号に尋ねた。
その言葉にネコ400号は、大きく頷く。
「アタイを殺した、あのニンゲンたちをこの爪で八つ裂きにしてやるわ」
シュッと伸ばした猫手の鉤爪を見つめながら、ネコ400号は低い声で呟いた。
「それでは、あちらから貴女が生まれた世界『アポリス』へお渡りください」
エイベルムがそう言うと、神殿の奥にある扉がキィイッと開いた。
ひたひたと扉の方へと歩き出すネコ400号。
扉の前に立って、その奥を覗いてみる。
扉の向こうには、薄暗い坑道が続いているようだ。
彼女は、エイベルムの声がした方に顔を向けて尋ねた。
「この坑道を歩いて行けばいいの?」
「ええ、良い旅を」
開いた扉の先に続く坑道に、ネコ400号は足を踏み入れる。
坑道のなかを彼女はぐるっと見回した。
ひんやりと薄暗い坑道の壁。ヒカリゴケでも生えているのだろうか?
ところどころ、ぼんやりと蒼白い光を放っている岩がある。
このためか坑道内は真っ暗ではなく、月明り程度の明るさだ。
ネコ400号は坑道の先へ向かって、ひたひたと歩き出す。
やがてキィイイ、バタンと扉が閉まる音がした。振り返ると、すでに扉は消えていた。
ジャック・オ・ランタンの身体を手に入れたネコ400号は、その魂を復讐の色に染め上げて彼女が生まれた世界「アポリス」へと渡って行った。
その姿を眺めていたエイベルム。
「クッ。久しぶりに魔物を創造してみました。さて、どうなるか見せてもらいましょう。楽しみですね。ククッ、ククク……、クヒャハハハハハハッ」
神殿内にエイベルムの笑い声が響き渡った。
🎃🎃🎃🎃🎃
とうとう地域住民に「ダンシングキャット・シンドローム」を発症する者がでてしまった。結果的に、人的被害を未然に防止することはできなかった。
しかし不幸中の幸いというべきか。
被害の回復は容易だった。被害拡大を防止する方策も採ることができた。
というのも、ファウスト博士達がおこなった「ネコ実験」によって、原因と病変部分が明らかにされたからである。「ダンシングキャット・シンドローム」を発症しても、治癒魔法を用いた外科的手術と薬剤投与により適切に治療することが可能となった。
一躍、時の人となったファウスト博士と彼の助手カウフマン助手。
その功績によりファウスト博士は新設のアゾト工場「技術開発研究所」所長に、ネコ400号にエサを与えて観察記録を取っていたカウフマン助手は同研究所副所長に、それぞれ昇進した。
昼休み時間中に、カウフマンは研究所を抜け出していた。街のブランド店で、婚約指輪を購入するためである。
白衣を着たままお目当ての店に入ると、彼はショーケースに並べられた指輪を難しい顔をしながら見詰めた。彼の銀色の瞳は真剣そのもの。指輪のデザインなどを念入りに検討する。
もちろん、お相手の左手薬指のサイズは確認済みだ。初めて指輪をプレゼントした時のようなヘマはしない。アノ時は、うっかり、彼の薬指サイズの指輪を贈ってしまった。
店員に色々尋ねながら、ようやく購入する指輪を決める。そして給料三か月分に届くかどうかの金額を支払い、婚約指輪を購入した。
店を出ると、カウフマンは足早に研究所へと戻った。
人目を避けるように自分の研究室に入ると、彼はきょろきょろと周りに誰もいないことを確認する。そっと指輪ケースを開け、微笑みを浮かべた。
明日は、久しぶりの休日である。
カウフマンは、明日、恋人にプロポーズするつもりだ。
恋人の顔でも思い浮かべているのか、彼はしばらくぼんやりと指輪を眺めていた。すると、ばたばたと廊下を走る足音が近づいてきた。
カウフマンは慌てて指輪ケースの蓋を閉じ、上着のポケットに押し込んだ。
「カウフマン博士、大変です!」
カウフマンの部屋に、助手が息を切らして飛び込んできた。
「騒がしいぞ。どうした?」
カウフマンは机に置いてあった資料を捲って、目を通しているフリをながら助手に尋ねた。
「実験用のネコが、脱走しました。施設内もひどい状況です」
「はぁ? なんだと? どういうことだ?」
カウフマンは資料を机の上に放り投げ、助手の方へ視線を移す。
実験用ネコを飼育している施設は、アドミスリルという硬質な合金でできた扉で、誰もいないときは施錠してある筈である。ネコが脱走などありえない。
「と、とにかく、こちらへ。見てください」
カウフマンは椅子から立ち上がって、助手とともに実験用ネコの飼育施設へと向かった。
飼育施設の扉の前に立ったカウフマンは、言葉を失った。
ドアノブの部分が破壊されている。何かで丸く切り取られたような状態だ。いったい何を使えば、このようになるのか見当もつかない。そもそも、アドミスリル合金の扉が破壊されること自体、彼には認め難い事実だった。
この飼育施設は、竣工して間もない建物である。警報装置は未だ設置されていない。それでも硬いアドミスリル合金の扉を設置したこともあって、盗難などの被害はまずないだろうとカウフマンは考えていた。
「ば、馬鹿な、……なんということだ」
施設内に入ったカウフマンは、片手で金髪をかき上げてその惨状に目を見張った。
まるで、竜巻でも通ったかのように荒らされた施設内。ネコを入れていたケージが、ひっくり返され散乱している。文字通りネコの子一匹たりともいない。
なかに置かれていたテーブルや椅子なども、無残に破壊されている。
片付けるとしても、どこから手を付けたら良いのか分からないような状態だった。
「ファウスト所長は?」
カウフマンは、助手の方へ視線を向けて尋ねた。
「本日は講演があるということで、すでに出発されたようです」
顔を覆うように額に手を当てて、目を閉じるカウフマン。
ファウストが不在なら、自分が指示を出して最終確認も行わなければならない。今日は早めに帰宅しようと考えていたカウフマンは、軽く舌打ちした。
「すぐに研究員たちを集めるんだ」
「はいっ」
助手の男は駆け足で、研究所の建物の中へと消えて行った。その背中を見送ったカウフマンは大きくため息を吐いた。
その後、研究所の研究員総出で、飼育施設の後片付けや脱走したネコの捜索が行われた。
そのさい、研究員たちは様々な事故に見舞われた。
ある者は、ネコを捕まえようと追いかけていたところを出入りの商人が運転する「魔動車」にはねられた。
またある者は、飼育施設の後片付けをしていたところ、突然、上から落ちてきた貨物の下敷きになった。
いずれも命に別状はなかったが、入院が必要なほどの大怪我を負った。
その他、捕獲しようとしたネコに引っ掻かれた者多数……。
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