第2話 ジャック・オ・ランタン

 ニンゲンたちに殺された。

 ネコ400号の魂が、悔恨と憎悪の感情に支配されていく。


「クククク。どうします?」


 姿の見えないエイベルムが、嗚咽を漏らすネコ400号に尋ねた。


「アタイ、……ニンゲンたちを許さない。絶対に……」


 ネコ400号は、魂だけとなったその身を小刻みに震わせている。


 あのニンゲンたち、どうしてくれようか。苦しめて苦しめて、切り刻んでやらないと気が済まない。


 そんな感情が、彼女の魂の底から湧き上がってくる。


 しかし、復讐しようにも彼女は魂だけの存在。肉体がない。


 彼女はぐるぐる回り始めた。そして、ぐるぐる回りながら考えた末に彼女が出した結論は、


「悪霊となって、毎晩、化けて出てやるわ」


 実際、猫魂の身では、そのくらいしか出来ることがない。

 すると、エイベルムは彼女に告げた。


「……なるほど。しかし、それですと四九日しか持ちませんよ。五〇日目には、アナタの魂は消滅してしまいます」


「四九日……」


 ネコ400号は、当てが外れた様子だ。もっともっと、あのニンゲンたちを苦しめてやろうと思ったのに四九日間しか存在できないという。


「よろしければ、お手伝いいたしますよ」


「えっ?」


「私の趣味に、お付き合いいただくことが条件ですが」


 どういうことか、ワケわからんというカンジのネコ400号。


「まずは、コチラをご覧ください」


 するとネコ400号の猫魂の前に、ぼわんと三つの物体が現れた。


 大きなオレンジ色のかぼちゃ。その隣には、大きな白いカブ。どちらも、幅の広いつばのついた黒い魔女帽子をかぶっている。


 ふたつとも内部は空洞になっている。三角の目と大きく横に広がった口が彫られていた。薄気味悪い笑いを浮かべているようにも見える。


 そして、かぼちゃとカブが、かぶっている魔女帽子。長いとんがり部分の途中から、くねくねと垂れるように折れ曲がっている。


 とんがり部分の根元の左右からぴょこっと飛び出した猫耳が、ぴこぴこと動いていた。「猫耳付き魔女帽子」である。


 もうひとつは、首なしの胴体。黒の全身タイツを着た細身の人間のような体躯。黒いローブを羽織り、腰に金属でできたランタンを下げている。


「これは、なぁに?」


「ジャック・オ・ランタンと呼ばれるものです。こちらは、かぼちゃの頭。そちらは、カブの頭です。どちらがよろしいですか?」


 正直、どちらでもいい。

 ネコ400号は、かぼちゃの甘いカンジの香りにふらふらと誘われた。


「こっちのオレンジ色の方が、いい匂いがするわ」


「そうですか。では、そのかぼちゃの頭のなかに入ってみてください」


 ネコ400号は三角の目のところから、かぼちゃのランタンのなかに入ってみた。ランタンのなかは、爽やかな甘い香りに包まれていた。


「入ったわ」


「いいカンジですね。では、生前と同じように身体を動かしてみましょう」


 ネコ400号は、とりあえずちょこんと座る自分の姿をイメージしてみた。

 しかし、全く動かない。


「全然、動かないわ」


「……ワタシとしたことが失念しておりました。貴女は、ただのネコでしたね」


 エイベルムがそう言うと、光が差し込んでかぼちゃのランタンを照らす。


「ふおおおっ!? な、なに? ち、力が湧いてくるようなカンジがするわ!」


「これで、魔力を使えるようになった筈です。身体を動かしてごらんなさい」


 そう言われても、どうやって魔力を使うのかはよく分からない。

 仕方がないので、ネコ400号は先ほどと同じように身体を動かすイメージをしてみた。


「うーん、……こうかな」


 首無し胴体が、ちょこんと猫のように座る。


「それでは、貴女が入っている頭部を胴体に取り付けましょう」


 両手でかぼちゃの頭を持って、かちゃっと乗せる。ジャック・オ・ランタンならぬ「ネコ400号のランタン」が誕生した。


 ちょこんと座ったまま、手を見たり身体を見回したりするネコ400号のランタン。


「ニンゲンみたいな身体ね」


「手を見てください。猫手になっています。伸びた爪をイメージすれば、長さを変えることも出来ますよ」


 ネコのような両手だ。ちゃんと手のひらに、ぷにぷにした肉球もある。

 指の先が爪のように尖っている。ネコ400号はエイベルムに言われた通り、伸びた爪をイメージする。シュッと、三〇センチくらいの長さの鉤爪に変化した。


「おー」


 ただ、限界があるようで、それ以上は伸びなかった。


「それこそが、貴女の最強の武器。銘を『悪魔が天に与え給へし黒き漆黒の闇に沈んだ冥界爪』といいます!」


 なにやら得意げに語るエイベルムの声が、神殿のなかに響き渡る。


「長すぎて、覚えられないわ」


 彼女は、かぼちゃの頭を傾げてそう言った。そして、自分の指から伸びる五本の鉤爪を眺めている。

「悪魔が天に与え」とか「黒き漆黒の闇」など、色々と言葉もオカシな武器。

 とりあえず、常識外れの武器らしいことだけは解る。


「ああ、それから、その身体自体はかなり強靭なモノですが、頭部はしょせんカボチャなので、ご注意を。ナマモノですので、定期的にお取り換えください」


 そして、なんだか、ちょっと面倒クサい頭だ。


「万が一、頭部をやられた場合は、即座に腰に下がっているそのランタンのなかに逃げ込んでください。あまり長時間外にいますと、コル・ステラに取り込まれてしまいますから」


 ディヴェルトの核、コル・ステラ。そこには、ディヴェルトの理ともいうべき様々なコード(法則)が書き込まれている。ディヴェルトは、そのコードによって構築されている世界らしい。


 そしてエイベルムが創造した世界「ディヴェルト」において、命あるものは死後四九日間「魂」となって彷徨う。この間、次第に存在が希薄化しコル・ステラに取り込まれていくのだ。ただし、魂が何らかの依り代を得た場合を除く。


 しかしネコ400号は、ただの元ネコである。そんな「ディヴェルトの理」を知る筈がない。


「コル・ステラ?」


「……仕方がありませんね。ワタシの知識も一部分けてあげましょう」


 説明するのが面倒なのだろう。

 先ほどと同じように、どこからともなく光が差し込み、かぼちゃの頭を照らした。


 猫魂に濁流となって押し寄せる世界ディヴェルトの理。あり得ないほどの叡智が、その魂に刻まれる。


「わわわわっ!?」


 光が消えると、ネコ400号はフラフラしていた。

 ちょこんと座り、しきりに毛繕いをするような仕草をするネコ400号。

 もちろん口から舌は出ない。落ち着こうとしているようだ。


 それでも足りないのか、彼女は猫耳付き魔女帽子を脱いで、左腕をぺろぺろ舐めて顔を洗うような仕草をした。


 しきりに顔を洗う仕草をみせるネコ400号。まだ、膨大な知識を整理できていないようだ。


 やがて彼女は、ぴたりと動きを止めた。大変な事に気が付いた。


「はわっ!? み、みみっ、耳とれちゃったー!」


 つぎの瞬間、ネコ400号は信じられないモノを目にした。


 猫耳をぴこぴこさせながら、ぱたぱたと大きなつばを動かす魔女帽子。


「は?」


 ネコ400号は、かぼちゃ頭をこてりと傾げた。


「フフフフフ。その魔女帽子はワタシの傑作です! 名はシャッピー。タダの帽子ではありません。魔物なのですよ」


 ネコ400号は、大きなつばをぱたぱたする魔女帽子「シャッピー」を凝視した。


「帽子の魔物?」


 そんな魔物、見たこともなければ聞いたこともない。


「ええ。とくにネコのような耳は、ネコの貴女でも通常ならば聞き落とすような小さな音や遠くの音も拾えます。このコにお願いすれば、どんな音も貴女に届けてくれますよ」


 とても高性能な猫耳らしい。とはいえ、いまのところ何かの役には立ちそうな? 程度のモノである。


「それから、毎日、最低一回は食事を与えてください」


 食事をする帽子の姿……。なかなかにシュールな光景である。


「食事? 帽子がどうやってゴハンを食べるの?」


 するとネコ400号の目の前に、ぼわんとリンゴがひとつ現れた。


「そのリンゴに、シャッピーをかぶせてみてください」


 ネコ400号はシャッピーの先っぽの方を掴み、リンゴにかぶせた。すると、シャクシャクと咀嚼音がして、すぐにゴクンと嚥下するような音がした。


 彼女は帽子をつまんで上げてみた。リンゴは無くなっている。


「手品かっ!」


 ネコ400号は、咄嗟にそうツッコんだ。


「このコに好き嫌いはありません。何でも食べてくれますよ」


 エイベルムの説明によると、食べ物は何でもいいらしい。なんなら、そこらへんに落ちている石ころでもいいという。


 ここで彼女は、あるコトに気が付いた。


「アタイの頭は、齧られたりしないの?」


 猫手の両手でかぼちゃ頭を押さえながら、彼女はそう尋ねた。


「ちゃんと躾けてありますから、大丈夫ですよ」


 本当だろうか? 

 ネコ400号は、ちょっぴり不安気に、つばをぱたぱたさせているシャッピーを見ていた。

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