ネコ400号のランタン🎃
わら けんたろう
第1話 ダンシングキャット・シンドローム
「博士っ! ネコ400号に症状が現れました」
ここは、ヴァッセルラント工業地帯。
近年、この地域では、ネコやカラスなどの変死が相次いでいた。
ネコが狂ったようにぐるぐる回ったり、のたうち回ったりし始めたかと思えば、突然、倒れて動かなくなる。しばらくすると立ち上がり、また狂ったようにぐるぐる回りだす。
その姿は、まるで踊っているように見えた。そして、狂ったように踊り続けたネコは、何日かすると死んでしまう。
その様子から、この不可解な症状に付けられた名称が、
ダンシングキャット・シンドローム。
「ダンシングキャット・シンドローム」の原因は、「アゾト」(この世界の農業用肥料)工場の廃液に含まれる有害物質ではないかと仮説を立てた研究者がいた。
彼の名は、ファウスト博士。アゾト工場技術・研究部の首席研究員である。
彼の仮説通りであれば、すぐにでも対策を講じる必要がある。人間に被害が出てからでは遅すぎる。
ファウスト博士は原因解明のため、殺処分予定のネコを集めて実験を始めた。
全部で十箇所ある排水口から出るアゾト工場の廃液を、ネコのエサに混ぜて摂取させるというものだ。
この実験のために集められたネコは、数百匹にのぼるという。
その多くは野良ネコで、なかには多頭飼育などで飼育困難となり飼い主に手放されたネコもいた。
そのなかの一匹、白に黒のブチが入った雌のネコ。
その名は、――ネコ400号。
彼女は、もともと野良ネコだった。当然、名前などない。
「ネコ400号」という名前も、ファウスト博士の助手が割り振った番号に過ぎない。
ネコ400号は、アゾト工場の研究施設に来て以来、工場施設のひとつから出る廃液二十ミリリットルを混入したエサを与えられてきた。
そして、とうとう「ダンシングキャット・シンドローム」を発症したのである。
「やはり、私の睨んだとおりだったか……」
白衣のポケットに手を入れてネコ400号の症状を確認したファウスト博士。翡翠色の瞳を閉じて首を左右に振る。そして拳を握り締めた。
握った拳が小刻みに震えている。
やがて目を開くと、彼は助手のカウフマンに指示を出した。
「カウフマン、直ちにネコ400号の
「はい」
助手のカウフマンは、足早に建物のなかへ入っていく。ファウスト博士はその背中を見送ると、ネコ400号に視線を向けた。
しばらくの間、彼はネコ400号の様子をじっと見詰めていた。
彼女は檻のような狭いケージのなかで、ぐるぐる回ったり、のた打ち回ったりしている。
やがて、ファウスト博士は深呼吸をして魔力循環を高めた。発動したのは雷属性魔法「スタン」。彼の両手が雷を纏う。
ケージの入り口からバチバチと音を立てるその手を伸ばして、彼は狂ったように踊るネコ400号の首根っこを掴む。びくんと跳ねる彼女の身体。
ネコ400号は、そのまま意識を失った。
🐈🐈🐈🐈🐈
「あれ? ここはどこ?」
雷属性魔法「スタン」のショックで意識を失ったネコ400号。意識が戻り、ぶるるっとして周りを見回した。
視線の先には、太い柱や大理石の床、そして祭壇。何やら大きな神殿のなかにいるようだ。
神殿の祭壇には、まあるい鏡のようなモノが三つ置かれている。
そのうち、ひとつの鏡は、彼女もどこかで見たことのある景色を映している。残り二つの鏡には、これまでに見たこともない世界の景色が映し出されていた。
先ほどまで自分でもワケが解らず、狭いケージのなかをぐるぐる回ったり、のた打ち回ったりしていたネコ400号。
けれども、いまは自分の意思で自由に身体を動かすことができるようだ。
「なんだか、とても身体が軽いわ。絶好調?」
そんなことを言いながら、祭壇の前で飛び跳ねたり走り回ったりしている。
だが、ようやく気が付いたらしい。
「はれっ!? ないっ、アタイの身体が無いよ!?」
ネコ400号は、自分の周りをぐるぐるしながら見回している。なんだかオタマジャクシのような自分の姿に、彼女は激しく動揺した。
「はわわわわ! どどど、どゆコト!?」
彼女は、肉体無きその姿で右往左往し始めた。
「落ち着くのです。ネコ400号」
ネコ400号がわたわたしていると、どこからともなく声がした。神殿内に響き渡るその声に、彼女はびくっと反応する。
「だ、誰? どこにいるの?」
ネコ400号は、上に下に左に右に声の主の姿を探した。しかし、どこにも声の主の姿はない。
すると、再びどこからともなく聞こえる声。
「ワタシは、創造者エイベルム。貴女がいた世界を創造した者です」
創造者エイベルム。
ノベリストンアロウ、アポリス、ライレアという三つの世界「ディヴェルト」を創造した存在。ディヴェルトでは、神として信仰されている。
「そうぞうしゃ? なにソレ?」
彼女は、こてりと首を傾げるような仕草をした。
「……そうですね。神サマ? みたいなものでしょうか」
「ふーん」
説明されても、よく分かっていないようだ。
「まぁ、いいでしょう。それよりも、今、貴女は自分の姿に慌てふためいていましたね」
エイベルムの言葉に、はっとする仕草を見せるネコ400号。
「そ、そう、そう。アタイは何でこんな姿に? アタイの身体は、どうなっちゃったの!?」
「端的に申し上げましょう。貴女は死にました。その姿は『猫魂』状態です」
あまりの衝撃的事実を告げられたからか、ネコ400号は処理落ちしたように固まっている。
しばらく無言の刻が流れた。
そして、我に返った彼女はエイベルムに尋ねた。
「し、死んだ!? 猫魂? いったいどうして?」
「まずは、コチラをご覧ください」
祭壇にある鏡のようなモノのひとつがぼわっと光り、そこに映像が流れる。
映し出されたのは――
無残に切り刻まれていく彼女の身体。
ホルマリン溶液で満たされたガラス製の容器のなかに浮かぶ彼女の姿。
「こ、これが……、アタイ? なんで? 何でなのっ!」
ネコ400号は、今にも泣きだしそうな声でそう叫んだ。
「貴女は、実験のために有害物質の入ったエサをニンゲンたちに与えられ、あのオカシな病気に罹患したのです。そしてニンゲンたちは病気の原因を探るため、貴女を殺して解剖し標本にしたのですよ」
「そ、そんな。ゴハンに毒が入っていたの!?」
野良ネコだったネコ400号は、いつもお腹ペコペコだった。寒くて震えながら過ごした夜もあった。ニンゲンに棒で殴られたことも、一度や二度ではない。
だから彼女は、ファウスト博士たちを「暖かいおうちで、ゴハンをたくさん食べさせてくれる親切なニンゲン」だと思っていた。
しかし、そうではなかった。
「アタイがオカシな病気になったのも……、アタイが死んだのも……、あのニンゲンたちのせいだったの?」
狭いケージのなかに入れられ、有害物質を混ぜた食事を与えられて殺された。
「ひ……どい、あんまりよ……」
ネコ400号は、魂だけとなったその身を震わせて嗚咽を漏らした。
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