第9話 学園長の提案


「た、倒したの? あの白虎を、二人だけで?」



 村が静寂に包まれる中、ロキア学園長がそれを破るように呟いた。村を覆っていた重苦しい空気もすっかり消え去っており、悲鳴なども一瞬にして掻き消えた。



「……や、やった、のか?」



 とてつもない魔力消費の中、倒れこみそうになるのを何とか堪えるアベル。ちなみに大量の魔術を行使していたミラはふわりと地面にへたり込んでしまっている。


 しかしアベルはとどめが差せた実感がなく、恐る恐る白虎に近づいて確認する。指先で白虎の背中をつついてみるが、ピクリとも動かない。どうやらきちんと命を絶つことができたようだ。



「す、すごいわアベル! そんなに強いなら私の助けなんていらなかったじゃない!」



 重い体を動かし、アベルの方へと称賛を送りに来てくれたミラ。戦いの中ではアベルよりも命のやり取りが多かったが、その緊張感を一切感じさせない喋り方だ。



「ミラこそ、たくさん魔術を使っていたじゃないか。本当に、すご……」



 いよ。そう言おうとしたところで、アベルの視界が大きく歪む。どうやら、短期間で慣れないうちに魔術を使いすぎたようだ。思えば、魔術を使えるようになってからまだ一日しか経っていない。



 バタリ



 アベルは衝撃を和らげることもなく地面へ眠るように倒れ込んでしまう。そしてそれを見ていたミラは慌ててアベルに駆け寄った。



「ア、アベル!」



 ミラが慌てて抱き起すがすでにアベルは眠りこけていた。魔力を一気に使いすぎてしまったため、すでに意識を保てていない。ミラはオロオロするが、そこへ学園長が静かににじり寄る。



「ただの魔力欠乏症よ。寝かせておけばすぐに目を覚ますわ」



 学園長は慌てるミラをなだめ、すぐに手の空いている魔術師や騎士たちに指令を飛ばす。一通りの命令を飛ばすと慌ただしく復旧作業が開始された。そして、再びアベルたちの前に来てアベルの顔を覗き込む。



「この子、もしかして……」



 結局アベルは学園長の指示でテントの中に運ばれることになった。心配したミラは途中まで付き添ったが、自分にできることが何もないと悟るとすぐに村の復旧へと手を貸した。


 そしてその日は、すぐに日が暮れることとなった。




   ※




 アベルが目を覚ましたのは翌日の昼過ぎのことだった。長い間無気力な生活を送っていたせいか、生活リズムを上手く取り戻すことができていない。それに魔力欠乏症が加わって長い時間眠ってしまうことになったのだとか。



 アベルが目を覚ましてしばらくすると、ミラと学園長が一緒にやってくる。アベルはまだ起き上がることができずベットの上だ。



「まずは二人に改めてお礼を。白虎を討伐してくれてありがとう。おかげで本来出るはずだった被害を最小限にとどめることができたわ。国に報告すれば間違いなく褒賞が出る功績ね」


「あー……国に報告はちょっと」


「……でしょうね」



 ロキア学園長の提案を遠回しに嫌煙するミラ。どうやら彼女にも何か事情があるようだ。そしてあの後何があったのかなどを簡単に聞いた。



 白虎の脅威に怯えていた村人たちは二人に称賛を送っていたらしい。直接助けられた者などは二人のことを英雄とたたえていた。中でもミラは凄かったようだ。



「まったく、私は女神なんかじゃないのに」



 ミラは白虎が村を襲撃した際、真っ先に民家の方へと向かっていった。彼女の戦いぶりを目にした者は口をそろえてミラのことを女神と形容し祀り上げていた。



 そして三人はアベルが白虎を倒してからのことを整理しながら話した。とりあえず脅威は過ぎ去ったとみんなが安心しているようだ。そして、それは目の前の学園長も同じようだ。



「はぁ、ようやく王都へ帰還できるわ。けど、嫌になっちゃう。どうせ帰っても溜めに溜まった書類作業の山が待っているんだもの」



 学園長という立場はやはり多くの苦労があるらしい。今回の出来事は、それほどの役職に就く人物を引っ張り出さなければいけないほどのことだったのだろう。



 そしてロキア学園長は、二人のことをについて尋ねていた。最初は他人の事情に踏み入るのを遠慮していたようだが、二人の戦いぶりを見て考えが変わったらしい。


 そして学園長は、まずミラのことについて聞き始めた。そして発覚する驚愕の事実。



「すべての属性に適性を持つ……か」


「はい、一応」



 特に驚きだったのは、ミラがすべての魔術に適性を持っていたことだ。彼女はこの世に存在するすべての魔術に適性を持っているということになる。アベルからしてみれば羨ましいことだ。


 きっと彼女はこの世界そのものに愛されているのだろう。複数の属性に適性を持っている人が稀なのに対し、全ての属性を兼ね備えている。もはや天文学的な確率だ。



 きっと彼女のような逸材は、千年に一人いるかいないかだろう。というか、今までそんな人物存在したのだろうか。



 ミラの魔術について聞き終えた学園長は、俺の方へと向き直ってきた。どうやら次はこちらの番らしい。


「それじゃ、次はあなたよ。私は魔術について長年研究を続けているけど、あんな魔術を見たのは初めてよ。あれは何属性の魔法なのかしら? それと、キミも複数の魔術に適性を?」


「あー……えっと」



 

(まあ、魔術のプロに嘘をついても仕方がないか)



 どうせ一文無しなのだ。仮に異端と認定されて拘束されても、時間が経ち魔力が回復すればすぐにどこへでも転移できる。そう考えたアベルは自分の身分については伏せ、素直に話すことを決めた。



「えっと」


「うん」


「ゼロです」


「……うん?」



 想像通り首を傾げる学園長。こいつなに言ってんだみたいな目でアベルのことを見てきている。だから俺は、もう一度強調してハッキリと告げた。



「俺は、どの属性にも適性を持ってません」


「…………………………は?」



 俺の言葉がようやく理解できたのか、大きく目を見開いて無言になる学園長。だが、すぐに言葉の嵐がアベルを襲った。



「う、嘘をおっしゃい。魔術に適性を持たない者が、それだけの魔力を持っているものですか。それに、私の勘ではあの雷は風魔術の応用。それと白虎の雷を打ち消していたのも、風で散らしたか雷で相殺したものだと思っているのだけど、違うかしら?」


「……違います」



 俺は学園長の言葉を強く否定する。そして俺のことを睨む学園長が、徐々に後ずさりするのが見えた。どうやら、悟ったのだろう。



「も、もしかして……」


「……」


「自分の事を、異端だと言っているの?」



 そして、俺はその言葉に否定せず何も答えない。ロキア学園長はずっと黙り込んでしまい、ミラは俺の顔を見ながらこの場の行く末を見守っている。



 どれだけの沈黙の時間が流れただろうか。テントの外から誰かが入ってくる気配もなく、ただただ気まずい時間が流れる。覚悟していたアベルも、思わず背中に冷や汗が伝う。



 そして



「なによそれ……」


「……」


「……こう、じゃない」


「……え?」



 あまりにもボソボソと喋りだしたのでよく聞き取ることができなかったが、ようやく時が進め始めた気がするアベル。だが、学園長の顔は……



(なんで……笑っているんだ?)



 怖い。そう思ってしまうほどに、狂気的な笑みを浮かべているロキア学園長。まるで、子供が新しいおもちゃを見つけたかのような視線をアベルに向ける。



「あなた、アベルって言ったわね? 確か、うちの学園に期待とかどうとか」


「え、あ、はあ」


「きっとあの言葉は嘘なのでしょうけど、そんなことどうでもいいわ。受験なさい、私の学園を」


「え?」



 学園長は深呼吸をして落ち着きながら、アベルのことを自身の学園に誘い始めた。その瞳は逃がさないといったほど研ぎ澄まされており、笑みを浮かべるのを必死に堪えているようにも見える。



「待っているわ。あなたなら、きっと……」



 そう言い残して学園長はテントの外へと歩いて行った。どうやら急いで王都に帰還するらしい。周りの魔術師たちも学園長に呼応するように準備を急いでいた。



(あれは、一体?)



 そうして、アベルは拭いきれない多くの疑問に悶々としながら一晩を過ごすのだった。

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