第8話 白虎との攻防


「うっ、雷が邪魔で近づけないわね」



 勢いよく戦場へ飛び出したミラだったが、実は具体的な戦略などは考えておらず完全な突っ走りだった。それでも、自分の力があればどうにかできるはずだと信じて行動を起こす。



(まずは白虎が纏っている雷を相殺しなきゃ……)



 現在急ピッチで避難活動や救助活動が行われているが、白虎が放電しているせいで早くも支障がきたされていた。まずはあの雷を蹴散らさなければいけない。



【エアロブラスト】



 ミラが使った風属性魔術は空気の渦を巻き起こすものだ。小規模ながら威力は強力で実用性の高い魔術とされている。そしてその名にたがわず白虎が纏い放電している雷を蹴散らすことに成功するのだが……



(白虎そのものには、ノーダメージみたいね)



 風の攻撃は本体である白虎にも届いたはず。しかし、白虎にとってはそよ風が通り過ぎたのと同義であったようで、これといったリアクションを起こすこともない。それどころか、先程から妙に大人しい。



「白虎のやつ、一体何が目的で……っ!?」



 余裕がありそうなので考察に浸ろうとしたミラだったが、すかさずその場を転げるように離脱する。そして次の瞬間



 ドゴーーーーーーーーーーーーン!!!



 先ほどまでミラが立っていた場所に落雷が降り注いだ。地面には二メートル以上のクレーターができており、その威力を物語っている。当たったら、間違いなく無事では済まない。



「ミラ、大丈夫か!?」


「ア、アベル!?」



 後ろから聞こえてきた声に驚くミラだが、そのさらに後ろからロキア学園長がものすごい形相で走ってきたのを見て思わず息を詰まらせてしまう。



「状況は?」


「妙に大人しいと思っていたけど、溜めの攻撃を準備していただけみたい。一応さっき攻撃してみたけど、あいつ物凄く硬いの」


 ミラの風魔術は贔屓目に見ても強力だ。あれでダメージを与えられないというのはアベルにとって一つの想定外だった。しかしそれを、学園長が教師らしく解説してくれる。



「白虎の体毛は魔力をかき消す特性を持っているの。だから、生半可な魔術じゃそもそも攻撃が通用しないわ」


「……なるほど、あれ以上の威力を出せば」


「やめておきなさい」



 攻撃を再開しようとするミラだったが、それを学園長がすかさず止める。走り出そうとしていたミラは思わずよろけてしまうが、そのまま学園長の方を見る。



「雷は、風の上位互換よ。あなたは見たところ風属性に適性を持っているようだけど、純粋に相性が悪いわ。だから、ここは大人しく……」


「風じゃないなら、いいんですね!」



 忠告を大人しく聞いていたミラだったが、なぜか再び攻撃を再開しようとしていた。学園長は顔をしかめ、ミラに言い聞かせるように叫ぶ。



「だから、風属性じゃ話にならないの。あなたは大人しく……」


【フレイムアロー】


「……え」



 ミラが魔術を唱えた瞬間、炎の矢がミラの周りに現れた。そしてそれは勢いよく白虎の方へと向かっていく。



「まさかとは思ったけど、どうやら複数の属性に適性を持っているようね。私以外で久しぶりに見たわ。只者じゃないわね、あの子」


「す、すごい」



 二つ以上の属性に適性を持っているのは何万人に一人の確率だ。アベルたちは今、その奇跡的な存在を目の当たりにしているのだ。


 

 スパン、スパン、スパンッ!!!



 炎の矢は次々に白虎へ命中し、その体を燃え上がらせる……かと思いきや、三秒も経たずに炎は消えてしまった。魔力で形成された矢もことごとくが体毛を貫通出来ていなかったらしく、すぐに霧散してしまう。



「いくらなんでも硬すぎませんか!?」


「だからこそA級の危険度に指定されているのよ。S級じゃないだけ、マシだと思いなさい」


(えっ、あれの上がいるの!?)



 目の前の白虎より驚異的な魔物がいると聞いてアベルは心の中で密かに驚いてしまう。だがすぐに意識を切り替え、改めて状況を確認する。



(白虎はミラが足止めしてくれたおかげで、近くの住民たちはほとんどが避難できた。怪我人も幸い運ばれたみたいだし、あとは俺たちにすべてがかかっている)



 今、頼りになる存在といえばアベルの隣にいる学園長くらいだ。アベルは彼女に意見を求める。



「学園長は、白虎を倒せるほどの魔術を使えますか?」


「悔しいけど、今は無理ね。私が本気を出すためには魔術用の媒体を使わなきゃいけないんだけど、それをすべて治療用に使ってしまったの。もうすぐ補充用の媒体が届くってところだったんだけどね」


「……つまり学園長は無力に?」


「う、うるさいっ」



 となると、まともに動けるのはミラとアベルだけだ。だから二人で協力して白虎を倒さなければならない。


 アベルと学園長が会話をしていると、ミラと白虎の攻防が少しずつ激しくなっていった。帯電状態が整ったのか、再び雷を纏い始める白虎。だがミラは



「ならば、これはどうかしら! 【ランドウォール】」



 ミラがそう唱えると、近くの地面が大きく隆起しミラを守る壁となった。一時的にだが、白虎の雷を防ぐことに成功する。



「あの子、本当に何者? 三つの属性を扱えるなんて、相当な確率よ?」



 学園長はミラの才能に驚き始めていた。圧倒的な魔術の才能と多彩な適性を所持している。間違いなく逸材であり様々な機関に引く手数多だろう。



(そろそろ俺も動かないと)



 俺は徐々にミラとの距離を縮め戦闘に参加しようと隙を探す。学園長は俺の参戦に驚いたようだが、そんなことは気にせずミラに声をかける。



「ミラ、どうにかしてあいつの雷を無効化できないか?」


「え、ええ。やろうと思えばたぶんできるけど……」


「俺が白虎にとどめを刺す。だから、アシスト頼む!」


「よ、よくわからないけど、わかったわ!」



 俺たちが二人で作戦会議をしているのを隙と見たのか、白虎は放電の電量を一気に高めてきた。不意を突かれたミラは対処が遅れてしまった。だが、今は俺がいる。



【ロストスペル】



 アベルが手をかざすと高威力で襲い掛かってきた雷を一気にかき消す。人間の魔術ではできない、魔力そのものを分解する神の魔術だ。



「え、風や光とも違う。あ、あの力は一体?」



 学園長が俺の魔術を見て戸惑っていたが、俺は構わずミラに呼びかけ魔術の構築を急いでもらう。【ロストスペル】は使い慣れていない分、まだ不安定な力だ。いつ雷が貫通してくるかわからない。



『グルゥ、ガァ“ァ“ァ“!!!』



 自身の雷が通じないのが悔しかったのか、白虎はこちらに向かって一気に牙をむいてきた。あれにかすったら絶対に痛そうだ。だが、俺には距離は関係ない。



【エスケープ】



 この魔術は転移ができる魔術だが、自分にしか使えないというわけではない。視界に入った対象を、視界に入った別の場所へ転移させることができる。だからアベルは白虎が突っ込んでくる直前で白虎の体を転移させ視界に入っていた木と正面衝突させる。



『グルゥ、ガッ』



 白虎は脳震盪が起こっているのか、立ち上がるのに時間がかかっていた。しかし、体の周りを覆う雷は健在だ。だがそこでようやく、ミラの魔術が完成する。



「お待たせ……【シャドウウォール】」



 ミラから解き放たれた闇が、白虎の雷を吸収した。しかもただ吸収するだけではなく、白虎の体を闇が飲み込んだ。白虎は身動きが封じられ闇の中でもがいている。



(闇属性まで使えるのかよ……けど、これでいける!)



 正直雷が得意な相手にこの技は通じるのかと疑問だったが、雷を纏っていない今なら十分な効果が認めるだろう。アベルはミラに向かって叫ぶ。



「ありがとうミラ。あとは下がっててくれ!」


「わかった。任せたわよ!」



 ミラは魔力が残っていないのか、ふらつきながらその場を離脱した。それを見届けると、アベルはもう一度魔力を集中させる。



「な、何なのこの威圧感?」



 アベルのことを見ていた学園長が不意にそう呟いた。ミラも驚くような目でアベルのことを見ている。あの二人には色々と怪しまれてしまうかもしれないが、これは自身への試練であるとアベルは考え割り切った。



 そして、



【トールハンマー】



 降り注がれた雷の鉄槌は白虎の体を覆う体毛とミラの闇を貫通し、その血肉を弾かせた。初めて使った時よりも威力を高めに設定したので、間違いなく致命傷になっているはずだ。



『グル……ゥ』



 そうして背筋に冷や汗が流れ緊張感が漂う中、白虎は静かに息耐えた。

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