第7話 信念


「世界中で魔物が出没……ですか?」



 尋問の時間までテントの中でくつろいでいたら、二人のことを激しく疑っていた少女が直接やってきた。そしてアベルたちに話したのは、最近の世界の事情。



「三年ほど前かしら。王都近くの樹海で魔物の目撃証言が相次いだの。最初は教会や騎士団も疑いの目を向けたけど証言の多さから森に調査団を派遣したの。そしたら、魔物の群れが確認された」



 そしてその出来事を皮切りに、世界各地で魔物が出没するようになったのだとか。本来は魔族領でしか生息できないはずの生命体が俺たちの領土にも現れ始めたと。



(……そんなことが)



 当然だが鉄塔の中に五年以上幽閉されていた俺は何も知らなかった。隣にいるミラは知っていたのか、特に驚いたようなそぶりを見せることはなかった。そして少女はこの村に来た理由を話し始めた。



「一週間以上前の事よ。この村の近くでとんでもなく狂暴とされている魔物が目撃されたの。真偽を確かめるために調査団を派遣したけど、彼らは誰一人として帰ってくることがなかった。でも逆にそれが決め手となって、戦闘特化の魔術師たちが派遣されることになったの。私を含めてね」



 だからこそピリついた空気が漂っていたのだとか。話を聞いていると、既に味方陣営で行方不明になっている魔術師たちもいるようだ。そんなことがあったのならこの異様な状態にも頷ける。



「あなたたちは、森の方から来たでしょう。それも、私たちが調べているはずの森の中を横断したとか。そんなあなたたちを怪しいって思うのは、私が非情な人間だからかしら?」



 つまり、俺たちがこの事態に何か関わっているのではないかと疑っているようだ。当然だが俺はそんなことをしていないし、ミラにとっても同じことだろう。もし彼女が意図的に魔物を操り悪さを働かせているとしたら、あの場で俺を助ける理由は一つもない。それに彼女は間違いなく、魔物を魔術で殺していた。



「あなたは、私たちのことを疑っていると?」


「そうね。特にそこのあなた、何よその異常な魔力量は。下手をしたら私より多いじゃない」


「ええと……魔力をコントロールするのが得意だったので」


「へぇ。その歳でそれくらいのことができるんだ。感心するとともにますます疑いが深くなっていくわね」



 どうやら余計なことを喋ってしまったようだ。だが二人はこの村を経由して次の町を目指したいだけだ。こんなところで捕まってしまっては時間が取られるだけ。特にアベルは、追手が差し迫っているのだ。



「あと、学園都市に受験をしに行くといっていたけど、具体的にはどちらへ?」



 少しだけ沈黙の時間が流れると、少女は俺たちにそう問いかけてきた。俺は当然学園都市の知識は僅かしかないので、ミラに任せることになってしまう。ミラは俺の意を組んでくれたのか、目線を合わせたりすることなくひとりでに話し始める。



「ええ、魔術の名門と言われているセントリア魔術学園です。あそこであれば、魔術の探求に身を置くことができるかと思って」


「へぇ……嘘ね」



 セントリア魔術学園というのは魔術の研究が盛んにおこなわれ、エリート中のエリートが集う超名門校だ。五年間閉じ込められていた俺でもその名は聞いたことがある。


 しかしミラの話を最後まで聞き、その話を一瞬で嘘を切り捨てる少女。さすがのミラも予想外だったのか、目を見開いて一瞬硬直する。だがすぐに調子を取り戻して少女へ尋ねる。



「どうして嘘だとお思いで?」


「だって、セントリアを目指しているなら私を知らないはずがないじゃない」



 そう言って、自分の事を強調する少女。そういえば、今更ながらこの少女は何者だと二人は疑問に思う。屈強そうな兵士や多くの魔術師たちを従えていたところから、只者ではないと予想できる。そしてその答えは、予想外のものだった。



「私はセントリア魔術学園の学園長であり、魔術ギルド総括理事会の副理事長、ロキア・リーセント。パンフレットの二ページ目に乗ってるし、学園うちを目指す者は必ず目を通すことになると思うのだけれど?」


「「っ!?」」



 かなり高い身分だとは思っていたが、まさか魔術学園の学園長だったとは思わなかった。先ほどから感じる魔力による威圧は持ち前の魔力量と天才的なセンスを証明している。そんな中アベルは



「わかったかしら。だから、あなたたちは非常に怪し……」


「ほ、本当に学園長さんなんですかっ!?」


 急に前のめりになった俺に対して少しだけびくつくロキア学園長。だが負けじと真顔でアベルに問い返す。



「そうだと言っているのだけど、あなたは何なのかしら?」


「す、すいません。俺、アベルって言います。あなたが書いていた魔術論をよく拝見していたもので。とくに『魔術を医療に用いる方法』などの文献は、身体強化の魔術とは違う魔術理論を展開しており、医学に通ずるところもあって非常に……」


「ちょ、わかった。わかったから落ち着きなさい」


 アベルの熱弁に不意を突かれたのか、しどろもどろになる学園長。自分の文献が褒められたのがうれしいのか、それとも照れくさいのか、地味に頬が赤くなっていた。



「あなた、その歳で私の文献に目を通しているだなんて、相当いい家庭で育ったんでしょうね。私の文献って、かなり難しい専門用語が大量に並んでいるのよ? それを理解できる読解力と魔術知識を持ち合わせているとなると……」



 どうやら俺の発言に思うところがあったようだ。現在でもかなり怪しまれているが、これ以上迂闊な発言をしないように心がけるアベル。ちなみにアベルの熱弁にミラは少しだけ感心していた。彼女も魔術を志すものとして思うところがあったのかもしれない。



「とりあえず、一度話を元に戻します。あなたたちはあの森を抜けてくる際に、熊型の魔物と遭遇し、それを倒してここまでやってきたと」


「はい。ミラが俺のことを助けてくれたんです」



 話はアベルたちが魔物と遭遇したところに焦点があてられた。どうやら学園長的にそこが引っかかるようだ。



「あなたたちが強いのは肌身で感じるのだけれど、そう簡単に魔物を倒せるとは思えないのよねぇ。もしよければだけど、適正魔術を教えてくれる?」


「えっと、俺は……」


「あー、その、私は……」



 この世界では異端とされている神の魔術を扱えるアベル。そんなことを学園長クラスの人に話すとどうなってしまうかわからない。そしてなぜか隣のミラも喋るのを渋っている顔をしていた。それを疑問に思うアベルだったが、少し間をおいて学園長は溜息をつく。



「失敬、今のは忘れて頂戴。学園の生徒ならまだしも、知らない人たちに魔術適正を聞くのはマナーがなっていなかったわね。これに関してはお詫びするわ」



 そして警戒が解けたのかこの場を支配していた重圧が一気に消えた。どうやら俺たちへの疑いは晴れたようだ。



「一応、要望通り明日までここで休んで行っていいわ。もちろん食事も提供します。それと、もし本当に学園を受験したいのなら……」



 先程とは打って変わり優しい口調で学園長が喋り始めていた時だった。





 ドゴーーーーーーーーーーーーン!!!





 突然村の外で大きな振動と爆発音が響いてきた。ミラは驚いたのかよろけて転びそうになっていた。一方の学園長はテーブルに手をつきながら立ち上がり、険しい顔をしている。



「……悪いけど、今の約束はなしよ。あなたたちはすぐに逃げなさい。そうしないと、巻き添えを食らうわ」



 そう言い残して学園長はテントの外へと走り出していった。しばらくして村中から怒号や悲鳴が聞こえ始めた。



「ど、どうするのアベル?」

「とりあえず、外の様子を見てみよう!」



 そしてアベルたちは二人してテントの外へと駆け出した。すると砂埃がこちらまで飛んできており、よほど大きな何かがあったことを証明していた。テントを出た先には、ロキア学園長が真顔で仁王立ちをしている。



「が、学園長。これは何なんですか?」


「……見なさい」



 二人は、学園長が見つめる方向に目を凝らす。するとそこには、大きな影が砂埃の中に映っていた。その大きさは、先程の熊型魔物の比ではない。



「あ、あれは」


「危険度Aランクの怪物で、雷鳴を操る魔物……白虎よ」



 砂埃が晴れると、そこには白い体毛をなびかせた大きい虎が涎を垂らし歩いていた。その足取りは獣にしては遅いが、それが逆に不気味だ。



「ちょ、村が燃えてるわ!」


「白虎が纏っている雷が、村のテントに引火したんでしょうね」



 村では魔術師たちが避難作業と白虎の足止めにてんやわんやしている。だが、どちらもうまくいっていない。白虎の歩みが止められない上に、歩かせれば歩かせるほど被害が拡大していくからだ。



「……見て、いられないっ!」


「ちょ、ミラ!」



 ミラは白虎によって被害が甚大となっている場所に走り去っていった。おそらく彼女は、白虎を止める気だろう。



「な、何をしているの!? あなたは今すぐ避難しなさい!」



 学園長が後ろから怒号を飛ばすが、ミラはそれを聞き入れずまっすぐ白虎の方へと走り出していく。風の魔術を使っているのか、足取りは非常に軽やかだ。



(……俺は)



 手に入れた神の魔術。異端とされている禁忌の魔術。それは、今役立てる場面ではないのか?


 ミラは自分の命より誰かを守ることを優先してあの場へと走り出していった。彼女の技量を疑うわけではないが、一人で挑むのはあまりにも無謀だ。だがもし、そこに俺と学園長が加われば?



(この力は、魔術は……誰かを救うためのものだ!)



 そして気が付いた時には、アベルも走り出していた。魔力は完全に回復してはいないが、ある程度なら渡り合えるはずだと確信して強気で歩みを進める。自らの、信念を貫くために。



「っ、んもう! 最近の若者たちは!」



 そしてその光景を見たロキア学園長は呆れて二人の後を追うのだった。

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