第6話 あらぬ疑い


 俺たちは一緒に森の中を歩いていた。今のところ魔物が現れることなく順調だ。おそらく先程魔物が現れたのがイレギュラーだったのだろう。だからこそ二人で話しながら森を歩き回ることができていた。



「へー、アベルはこの辺の出身なんだ」


「うん。この近くのクォーツ家が治める領土で育った」


「ふーん。私とは結構違うのね」



 そう言うミラもこの近くの出身らしい。目的地へ近道をするために、魔族領であり魔物が蔓延る危険な魔境の森を通ってきたのだとか。一見命を捨てるような行為に思えるが、先程の魔術の腕前からして相当優秀な魔術師なのだろう。だからこそ、その強行突破が可能になったと。


 そしてアベルたちは一体も魔物や動物に遭遇することなく森を抜けた。そして坂を隔てた先に小さな村があるのが見える。あそこが今日の目的地だ。村に名前がない程度には人口も少ない集落なので、自分の素性がバレるということはないだろう。



「おっ、あれが町……というより集落ね」


「でも、宿屋はあったから問題ないと思うよ」


「ふーん、ならいっか。とりあえず今日はここに泊まることにするわ」



 そう言って村の方へ向かうミラ。だがアベルは彼女についていくか一瞬だけ迷ってしまう。なぜなら



(お金、ないからなぁ……)



 アベルはミラにお金がないことを伝えていない。このまま宿について行っても恥をかくだけだし、大人たちやミラにも怪しまれるだけだ。だが、ここでしどろもどろしていても仕方がない。



(まあ、途中まで同行してみるか)



 お金に困らされることがあったらミラに気づかれないように逃げてしまおう。そうした方が彼女にも迷惑が掛からないはずだ。それに、野宿が嫌いと言うわけではない……したことはないが。



 そしてアベルとミラは二人して村の中へ入った。だが、村全体の雰囲気が妙に慌ただしい。それに加えて、昔来た時より人が多いような……



「ねえアベル、少し空気がピリついていない?」


「だよ、ね。いったい何があったんだろう?」



 よく見渡してみれば、明らかにこの村の者ではない人たちが大勢いる。重装備を整えている者や、魔術師のようななりをしている人と様々だ。よく目を凝らすと、村の中心にキャンプのようなものが張り巡らされていた。多くの大人たちが会議をしている。そして、その中心にいるのは……



「F班は森の中腹まで調査範囲を拡大しなさい。D班はいまだに帰還してこないB班の捜索。並びにC班とK班はF班を補佐しつつ、現地にて我々が活動できる拠点の確保を!」



 威厳に満ちた女性の声が村中に響き渡っていた。しかし、声を発している人物は周りの大人たちで見えない。アベルとミラはお互いの顔を見て頷き、その声がした方向へとさらに足を運ぶ。そして、その人物を目に入れた。



「もしB班に怪我人がいた場合彼らを優先してください。あと、できる限りこの村に迷惑をかけないようにキャンプを村の外へ移します。手の空いている者はそちらへ人員を……」




 その光景を直接目にした二人は


「なんていうか、違和感がすごいような」


「アベルもそう思う?」



 中央には、司令官のように場を取り仕切っている幼い少女がいた。身長はアベルたちより低いはずなのに、威厳や雰囲気は並大抵の大人を越えている。そして何より……



(あの女の子……めちゃくちゃ強い)



 魔術を使っているわけではないだろうが、彼女の声にはわずかながら魔力が宿っている。きっと無意識で魔力が声に籠ってしまうのだろうが、それほどまで魔力を有している人をアベルは見たことがない。父親も似たようなことはできるが、魔術としてあらかじめ発動しないとそのようなことはできない。



 そんなことを考えていると、アベルはその女の子と目が合った。一瞬なら気のせいで済むが、そうではない。1秒、2秒、3秒……どれだけ時間が経っても合わさった目線が途切れることはなかった。



「ん? アベル、どうしたの?」



 隣でミラが心配をしてくれた。だが、彼女から目を離すことができず答えられない。そして、司令官のような女の子はこちらへとゆっくり歩いてきた。


 その顔は、自身の父親であるルーグよりも険しい。



「あなたたち、この村の人間ではないわね。旅人……にしては軽装すぎるし、一体ここへ何の用?」



 少女の鋭い目線がアベルとミラを射抜く。身長は下で見上げられているはずなのに、なぜか今にも震えだしてしまいそうな圧を感じる。そしてそれは、隣のミラも同じみたいだ。



「特にそこのあなた。あなたほどの凄腕魔術師がどうしてこんなところをうろついているのかしら。その年でここまでの技量を持っているということは、冒険者かどこかの研究機関に所属していると思うのだけれど」



 次から次へと、アベルに質問を重ねていく少女。アベルは何をどのように答えようか悩むも、隣のミラがアベルに助け舟を出す。



「私たちは、学園都市を目指して旅をしているんです。もうすぐかの有名な学園で受験があるじゃないですか。そのために、この村に立ち寄りました」


「へぇ、その割には身軽なのね、あなたたち」


 やはり俺たちのことを警戒しながら疑り深く質問を重ねる少女。ここでようやくアベルは口を開いた。


「必要な荷物は、向こうへ直接郵送してもらうことになっています。それに、ここからもう少し歩いたところに栄えている街があるでしょう? 俺たちはそこから定期便に乗って学園都市に向かう予定です。だから、余計な手荷物を減らすため最低限の荷物で旅をしています」


「ふーん……筋は、通っていないこともないわね。限りなく怪しいけど、あなたたちに構っている暇はないので不問とします。ただ……」



 見逃してもらえそうだったが、少女は再び俺のことを見た。心なしか、見られているというより睨まれているような気がする。



「あなたは少し別です。あなたのような別格の魔力を持つ人間が、森の方からやってきた。今回の事態と、あなたが関連していないという証拠もない」


「え? 一体何の話を……」



 最初は警戒だけだったのだが、途中からよくわからない話になってきた。隣のミラも俺のことを見て困惑している。



「あなた……いえ、そちらのあなたも今日は私たちのキャンプで宿泊しなさい。いろいろと聞きたいことがあります」


「え、ちょ、勝手に!?」


「悪いですが、これは命令です。これでも私は人を見る目があります。あなたたちが悪人ではないというのは直感で分かりますが、それを踏まえても明らかに怪しい。お二人の信頼を証明するためにも、私たちに従ってもらいます」



 気が付いた時には、重厚な鎧をまとった大人たちに二人して囲まれていた。一人一人が、魔術や剣術において相当な手練れ。正直ここを突破するのは難しいだろう。



「アベル、どうする?」



 隣のミラは俺に指示を求めてきた。彼女も身の危険を感じて、自分がどうすればここを乗り切れるのか考えているのだろう。そしてそれが思いつかなかったから、俺に頼ってきたと。



(まぁ、逃げ切れるわけはないだろうし)



 そんなことをしてしまえば、さらに怪しまれることは分かり切っている。ミラはともかく、俺は悪いことをしているわけではない。ここは彼女たちに拘束されても問題ないだろう。



「わかりました。従います」


「よろしい。そこのあなた、彼らを向こうのテントに案内しなさい。指令を終えたら、あなたたちの尋問はこの私が直接行います」


「はい、了解しました!」



 そして俺たちはどこの誰ともわからない大人たちに囲まれて拘束されてしまう。だがクォーツ家に関係ない出来事なのは確かだ。時間が取られるというのが若干怖いが、クォーツ家の追手がここに一日で来ることはないだろう。



(それにもしかしたら、テントに泊めてもらえるかもしれない)



 ぶっちゃけアベルの目当てはそれだった。よくわからない尋問に協力するのだから、それくらいお願いしても罰は当たらないだろうと高を括る。というか賭けみたいなものなのだが。



 こうしてアベルは淡い期待を抱いたまま少し大きめのテントに通されるのだった。

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