第5話 唐突な出会い


 アベルは誰もいない薄暗い森の中を歩いていた。目的地は近くにある町の宿屋……だったのだが。



(マズイ……お金が全くない)



 手ぶらで飛び出してきただけあって、早速行き詰ってしまうアベル。木漏れ日に照らされた自分の衣服も人に魅せられないくらいにはボロボロだ。これでは囚人の方がまだいい格好をしている。


 一応魔術で食べ物を作り出すこともできなくはないが、お金などを作り出すのは気が引ける。そしてそれ以前に、魔術を万全で使えるほどの魔力はまだ戻っていない。



(【エスケープ】はともかく、それ以外の魔術の消耗が大きすぎるな)



 魔力量的にはアベルにとって問題ないのだが、使用後の反動が大きい。体調が元々すぐれないということもあるのかもしれないが、頭痛や倦怠感に身が焦がされる。むやみに魔術を使うのは避けようと自らの中でルールを設けようとするアベル。


 少なくともクォーツ家から追手が差し向けられていることは確実だろう。下手をしたら、クォーツ家の領地内で指名手配などもされているかもしれない。だからこそ、このようなところで体力や魔力を消耗するわけにはいかないのだ。


 だがそんな矢先に、前方五十メートル程の距離に大きな影が見えた。



(熊……いや、魔物だ)



 魔物とは魔力を有した獣のことであり、その多くが人間に対して牙をむく厄介な存在だ。魔力を有しているだけあって、通常より高い生命力を持っており駆逐に手間と時間がかかる。



(けど、なんでこんなところに魔物が?)



 魔物が出現するのはこの領地の隣にある魔族領のみ。それ以外の地域には滅多に出現することはないとされている。もしかして、迷い込んできてしまったのだろうか。



(……どうしよう)



 倒せるか倒せないかで言えば、恐らく倒せる。だがここで余計な魔力を消費したくはないし、派手な魔術を使うことで追手が来てしまう可能性がある。ここは、戦闘を回避するべきだ。


 しかし



(……遅すぎた)



 森を迂回しようとしたアベルだったが、それより前に熊型の魔物はアベルの存在に気が付いた。アベルと目が合った瞬間に勢いよく走り出す。



「……く、そ」



 瞬時に脳内に有する魔術を検索するアベル。だが、殺傷能力がる小規模な魔術がなかなか見つからない。ここは、大規模な魔術を使うしか助かる方法はなさそうだ。



(……やるしかない)



 アベルは再び【トールハンマー】を発動しようとする。それ以外にも攻撃用の魔術はあるが、確実に相手を殺せるのがこれしか思い浮かばない。というより、それ以外の魔術がまだ未知数なのだ。


 アベルは体内の魔力を循環させいつでも発動できるように体制を整える。それと同時に熊型の魔物はアベルを切り裂くべく腕を上げた。



(来るなら、こい!)



 そして魔術を放つべく、アベルが腕を突き出す。距離的に巻き添えを食らうかもしれないが、その時は回復用の魔術を無理して使えばいいだけだ。


 そして



【トール……】



 アベルが魔術を発動しようとした瞬間に



【ウインドカッター】



 横から放たれた疾風が、熊型の魔物を切り裂いた。熊は綺麗に上半身と下半身に別れ、そのまま地面に崩れ落ちる。熊の瞳は、既に生気を失っていた。



「……死にかけの人、大丈夫?」



 アベルの目の前には、綺麗な銀髪の少女が立っていた。歳は分からないが、自分とかなり近いはずだとアベルは直感する。しばらくその少女の美しさに魅入ってしまったが、きちんと質問に答えようとする。



「えっと、はい。大丈夫です」


「大丈夫とは思えないくらいボロボロだけど、怪我はなさそうね」



 そう心配してくる少女の服装は少なくともアベルが知る限りこの辺では見ないような装飾だ。服の文化などが五年間の間に代わったというなら何も言えないが、そうでないなら彼女はこの辺に住んでいるというわけではないだろう。


 俺がそんなことを考察していると、少女は手を差し出してくる。咄嗟のことで手を取ってしまったが、まずは感謝を伝えなければいけないだろう。



「えっと、ありがとうございます」


「まったく、色々と危なっかしそうね。どうしてこんなところにいるのか知らないけど、そんなんじゃ魔境の森は抜けられないわよ」


「えっと、俺の記憶と地理感覚が間違っていなければ、ここは魔境の森ではなく、クォーツ家の領地にある森の中かと……」


「……え!?」



 何気ない発言だったのだが、今度は目の前の少女が驚く顔をする。いったい何に驚いたのかと思えば、今度は少女がぶつぶつと呟き始めた。しかも、繋いでいた手をギリギリと握り締めるのでちょっとだけ痛い。



「ずっとまっすぐ突き進んでいたけど、知らない間に魔境の森を抜けていたなんて。つまり、ここはれっきとした人族の……」


「あの、大丈夫ですか?」


「え、ああ、ごめんなさい。私としたことが少しだけ取り乱してしまったわ」



 落ち着きを取り戻したのか少女は強く握っていた手を離し、アベルのことを見つめる。すると、少しだけ迷った表情を見せながら口を開く。



「悪いけど、私ってこの辺の地理に疎いのよね。もしよければだけど、近くの人里に案内してくれない?」


「えっと、もちろんいいですけど俺がこの辺に来るのって五年ぶりくらいなので、大規模な地殻変動とかが起こっていたら役に立たないかも……」


「そんな話は聞いたことないし大丈夫でしょ。道中は守ってあげるし、破格の条件じゃないかしら?」



 まだ魔術に慣れていないアベルにとっては魅力的な提案だった。断る理由は一つもないだろう。



「えっと、じゃあよろしくお願いします。俺はアベル・ク……」



 アベルは自分の名前を名乗ろうとしたが、この領地でクォーツと名乗ってしまうのはさすがにまずいだろう。というか今後、この家名を使うべきではない。俺はアベルという名前だけを名乗り、クォーツの家名を捨てることを決める。



「あら自己紹介? 律儀なのは好きよ。私はミラよ。とにかく、よろしく頼むわね?」



 謎に包まれた少女、ミラとの出会い。これがアベルにどのような影響を与えるのか本人はまだ知らない。そしてそれは、ミラも同じ。


 そして俺たちは最寄りの町を目指すのだった。

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