第27話 夜会
「アルフィンを夜会に?」
陛下の思いがけない言葉に私とラウルは顔を見合わせた。
王宮へ呼び出された私達———正確には私で、ラウルは王子からの護衛だと付いて来たのだけれど———を迎えたのは、シャルロットでも王妃様でもなく、国王陛下自らだった。
「ギルバート殿下がどうしても納得出来ないと言うのだ」
陛下は深いため息をついた。
「…確かに霊獣に婚約者を取られるなど、殿下からすれば屈辱であろう。この目で確かめるまでは婚約破棄は認めないと言ってきた」
ギルバート殿下は隣国サルスールの悪評高い王子でシャルロットの婚約者だ。
そういえばすっかり忘れていたけどそんな人いたな…。
「それに国の貴族達からも疑問や不満の声が上がっている。霊獣と王女が婚姻など聞いた事がないからな。だからいっそまとめてお披露目をしてしまおうと思ったのだ」
…それはつまりこの国の貴族達や隣国の王子が集まる場にアルフィンを出せと?
あのアルフィンを?
「…高貴な方々の多く集まる場所に…霊獣である彼を連れて行くのにはかなり不安があります」
着飾れば見た目は青年貴族か騎士に見えるけれど、中身は獣だ。
マナーなど知らないし…きっと大勢の人間…しかも貴族の前に出た事などないだろう。
この間の顔合わせとは規模が違いすぎる。
「夜会の間ずっといろという訳ではない。少しの間、シャルロットと共に顔を見せるだけで良い」
それだけで済めばいいけど…嫌な予感がするんだよな。
「混乱が起きる可能性もありますが…」
「その辺りは覚悟している。警備も常より厚くする」
———もう陛下の中では決定なのね。
「…畏まりました。アルフィンに伝えます」
「それでね、フローレンス」
それまで黙っていた王妃様が口を開いた。
「貴女も夜会に出ましょうね」
「……はい?」
「もちろんそんな格好じゃなくて、ちゃんとドレスを着てよ」
は?いやいやどうして私が…
「貴女だってその場にいないと不安でしょう」
それはそうですけど!それと私がドレスを着て出る事と何の関係が?!
「私…夜会など出た事はありません」
私が公女だったのは八歳までだったから。
社交界デビューなんてしていないもの。
「だから出るんじゃない。呪いが解けたら公国に戻るでしょう?今から慣れておかないと」
———正直、家に戻る気はないのです。
今までずっと庶民として生まれ変わってきたので、貴族の生活は私には無理です。
「私もフローラがいてくれたら安心だわ」
シャルロットが私を見つめる。
…そんな風におねだりするような顔をされたら断りづらいじゃない。
「フローラ様。私がエスコートしますので大丈夫ですよ」
ラウルまでにっこり笑ってそんな事を言うの?!
エスコートって…そういえばラウルは子爵なんだっけ。
結局、周りの圧力に負けて夜会に出る事に同意してしまった。
…アルフィンの言う通り流されやすいのかな…。
「まあフローラ、やっぱり素敵だわ!」
「本当に…アリシアの若い頃を思い出すわ…」
シャルロットが目を輝かせる隣で王妃様が涙ぐんでいる。
私は…コルセットが苦しいです……。
夜会当日。
私は王妃様が用意してくれた青いドレスを着させられていた。
用意といっても新しい物を準備する時間はなかったので、シャルロットのドレスを手直ししたものだけれど。
他の部分はほぼ合っていたけれど…私には胸が余ってしまったのが悲しい……。
鏡に映る自分の姿は驚くほど綺麗だった。
自分で言うのもアレだけど素材は良いからね!
綺麗だけど…いつも家の中では楽なワンピースで、外に出るときはローブ姿だから…こういう露出の高い服は慣れない…何でこんなに背中が開いてるの?!
シャルロットもとても綺麗だった。
身体の印と同じ色の赤いドレスだけれど…やっぱり誤魔化しようがないな。
「シャルロット…印を見られて大丈夫?」
「———これは私がアルフィン様のものである証なの。むしろ見てもらいたいわ」
そう言って笑みを浮かべるシャルロットは…すっかり大人の女性だった。
「失礼します。アルフィンを連れてきました」
外からラウルの声が聞こえた。
途端にシャルロットがそわそわしだす。
夜会服を着用したラウルもアルフィンも…うん、やっぱり格好いい。
ラウルもいつもローブ姿かラフな格好ばかり見ているから、きっちりした格好を見ると何だか照れてしまう。
ラウルは私の姿を見ると目を見開いて動かなくなった。
ふふ、惚れ直したかしら。
「———フローラ様…」
やがてラウルは深くため息をついた。
「覚悟はしていたけど…それ以上だ」
「似合う?」
「似合うとかそういうレベルじゃなくて…」
もう一度息を吐くとラウルは私の耳元に顔を寄せた。
「……今日こそは我慢できないと思う」
———何ですぐそっちにいくの!
見ると向こうではシャルロットがアルフィンを前にして顔を赤くしながらモジモジしていた。
「あの二人はここに残して、私達は先に行きましょう」
王妃様の言葉に急に緊張感が蘇った。
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