第26話 不安

しばらく滞在していったジェラルド様とシャルロットが帰り、アルフィンとティーナも帰って静かになった家で———私はソファの上でラウルに押し倒されていた。

「ん…」

覆いかぶさるラウルに深く口付けられる。

二人きりになった途端これって!

寝てないんじゃないの?!

寝不足すぎておかしくなったの?

「…はぁ……」

ようやく唇を解放されて息を吐くとラウルが濡れた唇に笑みを浮かべた。

「フローラ様は…キスするたびに声が色っぽくなっていくね」

なっ…!

絶句した私の額にキスを落とすとラウルは私の体を抱き起こした。


「ラウル…寝ていないんでしょう?もう休んだら?」

「ん…でも……」

ラウルの胸元に寄りかかるように私を抱き寄せる。

「寝て…目が覚めたら貴女が消えていそうで」

「消える?」

そんな事…と言いそうになって思い出した。

そうだ、私は一度ラウルの目の前から消えたのだ。

「貴女が倒れた時…やってしまったと思った。貴女を助けたいのに。護りたいのに。それなのに俺のせいで……俺はいつまで経っても…何もできなかったあの時と同じだって…」

堰を切ったように言葉が溢れて行く。

「また貴女が消えたら…俺はもう……」

「ラウル」

言葉を遮るように私は名前を呼んだ。

「自分を責めないで。そうやってあなたが苦しむ事が私は悲しいわ」

「…フローラ様…」

「あなたはずっと…私の呪いを解くために頑張ってくれていた。立派な魔導師になって、クランの呪いを解いて…。あなたは凄いわ。だから自分を責めないで」

家族に捨てられたラウルを、十一歳でまた独りにしてしまったのに。

彼はずっと…私のために頑張り続けてくれた。

もう充分だからと言いたいけれど…きっとそう言ったら彼は悲しむから。

「ありがとうラウル。…大好きよ」

「———フローラ……」

ラウルが私を強く抱きしめた。


———ラウルは余裕がなくなると私の事呼び捨てになるんだな…などど考えていると、ふいに耳を噛まれた。

「んっ」

「フローラ」

耳の中に吐息がかかり、身体がビクンと震えた。

「———そういうこと言うなって…言ったよね」

「え…?」

「我慢できなくなるって」

え?!…誘うような事なんて言った?!

「大好きなんて言われたら……」

「ひゃっ」

耳の中に…舌?!

初めての感触に変な悲鳴が出る。

「貴女の事…全部欲しくなるから……」

全部って!耳の中もなの?!

それはおかしくない?!

「ラウルっ」

「…いいって言ったよね」

確かに…言ったけど。あの時は普通じゃなかったというか……

それにラウルは我慢するって言ったし!

私達の立場は?!

「あっ…ん」

「…そんな声出さないで」

「っ誰のせい…」

執拗に耳を責められて…おかしくなりそう。


ホントにする気なの?

まずい、止めるか誤魔化すかしないと…。

ふいにラウルの動きが緩慢になった。

「…あーくそっ…」

頭を私の肩に押し付ける。

「ラウル…?」

「まだ…寝な…」


全身の力が抜けたラウルの身体が持たれかかってきた。

「ラウ…」

耳元に聞こえるのは…寝息?

「あ…助かった……」

眠りに落ちてしまったラウルの背中をそっと撫ぜると安堵のため息が漏れた。




「あーもう。なんであそこで寝落ちするかな」

翌朝。

「フローラ様の匂いと抱き心地が気持ち良すぎるから…」

ラウルが台所で朝食を作りながらブツブツ言っているのは聞こえなかった事にした。

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