第28話 劣等感

夜会の会場は多くの人たちが集まっていた。

こんなに大勢がいて…本当に大丈夫なのかしら。

「フローラ!」

ジェラルド様が笑顔でやってきた。

「君はやっぱりドレスが似合うね。とても綺麗だよ」

「ありがとうございます…」

お礼を言おうとするとラウルがすっと私を引き寄せた。

「———本当は私がエスコートしたかったんだけどね」

笑みをたたえた顔のまま、ジェラルド様はラウルを見た。

「後でフローラをダンスに誘うくらいは許してくれないか?」

ダンス?え…私と?

「ジェラルド様…私ダンスはできません…」

「全く経験ない?」

「子供の頃に練習したきりで…」

「じゃあ大丈夫だよ。私がリードするから」

大丈夫じゃないと思うんですけれど!

「駄目かい?」

ジェラルド様はラウルに尋ねた。

「…一曲ならいいでしょう」

どうしてラウルも了承しちゃうかなあ…。

「良かった」

そう言うとジェラルド様の顔がふと真顔になった。

「本当は私も一緒にいたいのだけれど…。フローラの護衛は任せたよ」

「分かっています」

「護衛…?」

「こんな綺麗で見た事のない令嬢がいたら誰でも興味を惹かれるよ。絶対彼から離れないでね」

じゃあと離れようとしたジェラルド様が眉を顰めた。

「…ああ、一番近づいて欲しくない奴がきた」


「ジェラルド殿下」

そこにいたのは二十歳くらいの青年だった。

見た目は良いけれど…変に鋭い目が私をじっと見つめている。

纏わりつくような、まるで値踏みするような…不快な視線。

「ギルバート殿下」

「今日はお招きありがとう。ところでそちらの美しいご令嬢は?」

ああ…この人が例の王子か。

確かにこの視線は…無理だな。

「…彼女は私の従姉妹だ」

「フローレンス・ロージェルと申します」

一応練習してきた淑女の礼を取る。

今日は私は西の森の魔女である事を隠して、ロージェル公女としてここに来ているのだ。


「ロージェル…へえ、あの公国にこんな子がいたんだ」

遠慮のない視線で王子は私の全身を見回した。

「胸がもっとあれば完璧なのにな」

あ、頭の中で何かが切れる音が聞こえた気がする。


(ラウル黙って)

何か言おうと口を開きかけたラウルを制すると、私は王子に向かって満面の笑みを向けた。

「わたくしの持ち物をそのようにおっしゃるという事は、殿下はさぞご立派なものをお持ちなのでしょうね」


二人の王子だけでなく———ラウルまでも固まっていた。

「まあ、見たくもありませんが…。失礼いたします」

手にしていた扇で口元を隠すと身を翻して歩き出した。


やや間があって我に返ったラウルが慌てて後を追ってきた。

ふん。見た目は可憐なご令嬢だけど中身は三百年生きているんだからね!

あんな小僧の憎まれ口には負けないわ!


「フローラ様…貴女って人は……」

ラウルの声が震えている。

見上げると彼は肩を震わせて…笑いを堪えているようだった。

「何よ」

「いや…まさかああいう言葉を口にするとは思わなくて…」

「あんな相手に上品ぶっても無駄じゃない」

「ずいぶん怒っているね…」

震えを沈めるとラウルは首を傾げた。

「もしかして胸が小さい事、気にしてる?」

小さいって言った!小さいって!

「…あの王子より失礼ね」

「俺は大きさとかどうでもいいよ?」

あなたがよくても私がよくないの。

「まあでも噂の女好きの王子がフローラ様に興味持ったらどうしようって思っていたんだけど。あの分なら大丈夫かな」

「そうね、あちらは大きい人が好きみたいだし」

「…そんなに気にしてるの」

あなたには分からないでしょうね!

「ほんと可愛いなあ、フローラ様は」

ラウルは私の腰へと手を回した。

「揉むと大きくなるっていうから、毎晩俺が…」

「結構よ」

そんなの迷信だわ。

「それよりもこの手を離して…」

「ダメだよ。気づいてない?すごく見られているよ」

ラウルの言葉に周囲に意識を配る。


騒めく人々の、少なくない目線がこちらに向けられていた。

好奇の視線、さっきの王子のような値踏みするような視線…好ましくないものばかりだ。

「こういう場所ってさ、新しい話題を常に探しているから。フローラ様は格好の話の種だよね」

「ラウル…あなた詳しいのね」

「公国で何回か夜会に出席させられたから。行っても人間観察くらいしかやる事ないんだよね」

「…ちゃんと貴族らしい事してるのね」

「まあね」


「フローレンス」

声がした方を見ると王妃様が手招きしていた。

「この子が私の妹の娘よ」

隣にいる年配の男女に私を紹介され…よく分からないまま礼を取る。

「こちらはモース侯爵夫妻よ」

「これはこれは美しい公女様ですね…そちらは?」

私の後ろに立つラウルへと視線を送る。

「フローレンス嬢の婚約者のラウル・ブローニュと申します」

ブローニュ…?そういう苗字だったの?というか婚約者…?

「おや、もうお相手がいるのですか。それは残念ですね」

侯爵はにこにこしながら言うけれど…目が笑ってない。

「良ければ孫に…と思ったのですが」

「まあ、ごめんなさいね」

何か怖い。

会話の裏に色々隠れている気がする。

周りの人達もこの会話を耳を澄まして聴いているみたいだし…

(…森に帰りたい…)

(頑張ってフローラ様)


早くアルフィン達が来てくれないと…その前に私が持たないわ。

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