第3話 王女の印

王宮に入るのは何年振りだろう。

数十…いや百年?

懐かしいなあ。

中の人達はすっかり変わってしまったけれど、建物の中も外も記憶にある光景とそう変わっていないようだった。


王子と一緒とはいえ全身を隠した怪しい人間が王宮内を歩くのはまずいかなと思ったけど…この件が極秘だから人払いをしたのか、誰ともすれ違わずに王宮の奥まで入れた。

「ここが妹の部屋だ」

大きな扉の前で王子は立ち止まるとノックをした。

「シャルロット、私だ。入って良いか」

しばらくすると扉が開き———顔を覗かせた侍女が王子の後ろに立つ私を見てギクリとした。

すみません、不審人物ですよね。


「こちらは西の森の魔女。例の模様の事を知っている」

「は、はい!」

侍女の顔がホッとしたように明るくなった。



「お兄様」

ソファに座ったシャルロット王女は人形のように愛らしかった。

ゆるくウェーブがかかった金色の髪を腰まで伸ばし、やや首を傾げた大きな紫色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。

「こちらが魔女様…?」

「初めてお目にかかります」

私は頭を下げると王子を見上げた。

「申し訳ありませんが…王女様と二人きりにさせて頂きたいのですが」

「二人きり?」

「お伺いしたい事があるのです」

こんな魔女と二人きりなんて、難しいとは思うけど…お兄様には聞かれたくないかもしれないのよね。

「———そこの侍女を残すのはいいか?」

王子は先程扉を開けた侍女を示した。

「シャルロットの乳母の娘で長く使えている」

「そうですね、その方でしたら」

女同士ならまだ大丈夫かな。


「それでは頼んだよ、フローラ。私は陛下に報告してくる」

そう言って私の肩に軽く触れると、王子は部屋を出て行った。

ああもう、親しげに呼ばないで!触らないで!

何で名前教えちゃったんだろう。内心ドキドキしながら…努めて冷静に、私は王女の傍までくると膝をついた。

「早速ですが王女様。見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「…ええ」

王女は不自然に首に巻かれていたスカーフを外した。


白い肌の胸元から広がるようにその模様はあった。

植物のような文字のような、不思議な文様が真っ赤な線で描かれている。

線は腕や顎下まで伸びており、ドレスはもちろん襟元がつまった服ですら隠しきれないものだった。

想像していたより派手というか…こんなに大きいものだったかしら。

「この模様が現れてから姫様はずっと部屋に篭りきりで…」

侍女が涙ぐみながら言った。

確かにこれじゃ人前には出られないわね。

こんな可愛い王女様なのに可哀想だわ。

まったくアイツったらどういうつもりで…子供の時から知っているけれど、こんなに執着深いやつだったかしら。

けれど憤る私の思惑とは異なり、王女はとても落ち着いた表情だった。

「…あのね、魔女様」

静かな瞳が私を見つめる。

「私…この模様を消したくないの」


「え?」

「姫様?!」

「だってこんな模様が身体にあればお嫁に行かなくて済むでしょう?」

王女は驚いた表情の侍女を見た。

「それはそうですが…」

「あんな人のところになんて嫁ぎたくないの」

ようやくその表情を曇らせると、王女は顔を両手で覆った。


「あの…あんな人とは?」

「———隣国の王子ですわ。姫様と婚約しているのですが…あまりいい噂を聞かなくて」

「ああ…」

そういえば聞いたことがあるわ。

女好きだとかお酒を飲むと暴れるとか…確かに最悪ね。

「噂もだけれど…私をじっと見る目つきが気持ち悪いの」

私もさっきお兄様にじっと見られ続けましたね。

気持ち悪さはなかったけれどかなり落ち着かなかったから…嫌な相手だったら確かに辛いわ。


うーん。でもそうか。

確かにこの模様がある限り隣国へお嫁には行かなくて済むけれど、その代わり……。

「この模様が出たのはいつ頃ですか」

私は侍女に尋ねた。

「半年前くらいです」

「模様が出る前に、白い獣に会いませんでしたか?」

私の問いに王女はぱっと顔を隠した手を外した。

「会ったわ。真っ白で真っ赤な瞳の」

「どこで会いましたか」

「その隣国の王子と会った帰り道よ。山道で盗賊に襲われそうになって…助けてくれたの」

ほんのりと頬を染め、嬉しそうに王女は話した。

おや、この反応は…まさか……。

「…その獣と会話はしましたか?」

「———会話というか、私が一方的に……」

王女ははっとした顔で私を見た。

「ねえ、もしかしてこの模様…」


「王女様を助けたのは『アルフィン』という名の霊獣です」

「アルフィン…?霊獣?」

「そしてこの模様は霊獣が己の所有物につける印———」

私は王女の瞳を見つめながら告げた。

「霊獣の間では『花嫁の印』と呼ばれるものです」


紫色の瞳が輝いた隣で侍女が息を飲む声が聞こえた。

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