第4話 王子の要求
「霊獣の花嫁だと?!」
部屋に入ってきた国王陛下と王妃様は私の言葉に顔を青ざめさせた。
「はい…霊獣が王女様を見初められたのでしょう。この印をつけたのは、おそらく十六歳になるまで待つという事だと思われます」
大人になったら迎えにくるというやつね。
そういうところ律儀というか真面目なのよね、アイツ。
「霊獣が人間を娶るという事があるのか?」
「今は聞きませんが、稀にある事です」
王子の問いに答えた。
霊獣と呼ばれる生き物は、数百年から千年近い寿命と魔法を持ち、人間と同等以上の知能があり人語を話す事もできる。
昔は人との間に契りを交わす事もあったけれど…今はすっかり人間とは別の場所で生きるようになってしまった。
「お父様、お母様、お兄様」
王女は落ち着いた様子で家族を見上げた。
「私は霊獣に嫁ぎます。なので隣国との縁談はお断りして下さい」
「何を言っているんだシャルロット!そんな獣になど…」
「でもこんな印が付いていては隣国になんて行かれませんわ」
「魔女殿!この模様を消す事はできないのか?!」
国王陛下がすがるような目で私を見た。
「…その印はつけた当人にしか消す事ができません。そして霊獣は一度己の番と定めた相手を手放す事はございません。よって不可能かと…」
「そこを何とかならないのか!」
「申し訳ございませんが…」
「どうして…シャルロットが……」
陛下のお心も、王妃様が泣く気持ちもわかりますが…おそらく王女様は霊獣に嫁ぐ気満々です。
よっぽど隣国の王子が嫌いなのか、アルフィンを気に入ったのか…王女がアルフィンに何を話したのかは聞きそびれたけれれど。
そうだ明日にでも本人に聞いてみよう。
「フローラ」
神妙にしている振りをしながらそんな事を考えていたら王子が私の側へやってきた。
「君のお陰で模様の意味が分かった。助かった」
「…お役に立てて良かったです」
「家まで送っていこう」
「いいえ、大丈夫です」
「あそこまで歩いて帰る気か?」
「私は魔女ですよ?自分一人を運ぶくらい簡単に…」
「いいから送らせてくれ」
ふいに王子の手が私の背中に触れて思わず固まる。
どうしてこの人はすぐ触るの!
促されるまま、私はまた王子と馬車に乗る事になった。
「その霊獣は森の中に住んでいるのか」
馬車を出してくれるのはいいけれど、どうして王子が一緒に乗っているんだろう。
わざわざ王子自ら送り届けてくれなくてもいいのに。
しかも行きは向かい合わせに座っていたのにどうして今は隣同士で座っているの?
頭の中が疑問だらけになっていると王子が口を開いた。
「森というか…山の中ですね。険しい岩がそびえる所です」
「そんな所にシャルロットは行くのか」
ああそうですよね…お兄様としては心配ですよね。
「その辺りはアルフィンも考えていると思います。私も彼の所に様子を見に行って来ますので…」
「霊獣の所へ行く?」
王子の目が光った。
あ、しまった。余計な事を言ってしまった。
「私も一緒に行こう」
そうなりますよね。
「いえ、危ない山の中なので私一人で…」
「私でさえ危険な山の中に妹を嫁がせるのか?」
わあー墓穴。
「……分かりました。では殿下もご一緒に…」
「ジェラルドだ」
「え?」
「これから私の事は名前で呼ぶように」
え、命令なの?
というか手!何で肩に回ってるの?!
わああ抱き寄せないで!
「あ、あの殿…ジェラルド様…」
「フローラの身体はずいぶん華奢だな」
身体を引き離そうとするのを拒むように腕に力が入る。
「…まるで少女のようだ」
やばい。まずい。
「離して下さい…」
「こんなに細い身体であの森で一人で暮らしているのか」
「———慣れていますので…」
「こうやって男に襲われたらどうするのだ」
ジェラルド様の手がフードの縁を掴んだ。
もう本当にダメだから!
私は強い光を放った。
「っ!」
「……こうやって逃げます」
ジェラルド様が眩しさにひるんで腕の力が弱まった隙に私は前の席へと魔法で移動した。
見えていないだろうけれどキッと相手を睨む。
王家とは絶対にトラブルを起こしたくないから我慢していたけれど、限度ってものがあるんだからね?
「———そうか」
ジェラルド様はふう、と熱を帯びた息を吐いた。
前髪をかき上げると、光で目が眩んだせいか憂いを帯びたような潤んだ瞳で私を見た。
うわあ、次は色気攻撃ですか。
もう本当にこの人は私をどうしたいの。
こっちは何百年も生きてる魔女だよ。人間の王子からしたらお婆ちゃんだよ。火遊びの相手には無理があるよ。
そもそも遊びだとしても顔も分からない相手とするものなの?
心の中で毒づきながら、視線に耐えきれなくなってふいと私は顔を背けた。
「怒ったか?」
「……そうですね」
「悪かった」
目の前にジェラルド様の掌が差し出された。
…何これ、手を取れっていうの?無理よ?
無言で手をじっと見ていると、小さくため息をつく声が聞こえた。
「フローラ…」
あまりにも切なげな声に思わずジェラルド様を見てしまった。
視線が逸れた隙に差し出されていた手が私の手を握りしめる。
どうしてそんな切なそうな目で見るの?
こんな顔も年齢も分からない、今日あったばかりの私に———
無言で見つめ合っているとゴトン、と馬車が止まる衝撃があり、到着を告げる御者の声が響いた。
「———霊獣の元へ行くのは明日で良いか」
私が頷くとジェラルド様は名残惜しそうに手を離した。
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