第2話 王子の追求

ああもう、本当に面倒な事になった。


とりあえず今は王家の馬車で王子と二人きり、向かい合わせに座らされているこの状況が辛い。

———どうしてこの王子様は人を露骨に観察するのだろう。視線が痛いのよ。

私は心の中で何度もため息をついた。


「魔女殿は…」

長い沈黙が続いていた中、私を凝視したまま王子が口を開いた。

「失礼だが、幾つになられる?」

…ほんと失礼ね。女性に歳を聞くとか。

「———長く生き過ぎて忘れました」

「何百年も生きているとの噂は本当なのか」

「そうですね」

正確には違うんだけど。

色々面倒だからそう通している。

少なくとも私の〝記憶〟は三百年近く続いているから、嘘ではないと思う。

「では魔女殿は不老不死なのか」

「いえ…歳は取りますし、死にます」

「つまり人間ではないと?」

「そういう事ですね」

すみませんそれは嘘です。人間です。

人間だけど…説明とか色々面倒だし。あまり人の世界に関わりたくないから。

霊獣とか、そっち側の者だって事にしているのだ。


「そうか…」

何故かやや不服そうな色を顔ににじませて、王子はふ、と一つ息を吐いた。

「それで顔を見せないのか?」


「…見たいのですか」

「ああ。見たい」

ふいに王子の右手が私の顔へと伸ばされ、思わず頭を後ろへと下げた。

私は目から下を隠すヴェールを付け、さらにローブのフードを深く被り目と髪を隠している。

もしもフードを外されたら…。

身体を強張らせたが、王子はあっさりと伸ばした手を戻した。

「そのように美しい声の持ち主だ、どんな顔をしているのか興味ある」


「は?」

美しい声?

思わず私は声を出してしまった。

子供みたいな声と言われる…自分でもあまり好きではないこの高い声が…美しい?

「ずっと聞いていたい、心地の良い声だ」

すっと細められた紫色の瞳に浮かんだ色は…いやいや、それはダメだから。

仮にも一国の王子がこんな得体のしれない魔女に興味を抱いては…。

「顔を見せてくれないか」

再び王子の手が伸びてきた。

「…それはできません」

触られるのを拒否するように慌てて首を振る。

「どうしてもか」

私の抗議も虚しく、王子の手が私の頬に触れた。

わあ…布越しに伝わる大きな手の感触と体温が…何だか生々しい。

王子はそのままフードの中へと手を滑り込ませてくる。

奥深くまで入り込んだ指先が私の髪に触れて…まずい。


「っ無理やり見たら、あの模様の事は教えません!」

王子の手がぴたりと止まった。

「———そうか。それは困るな」

名残惜しそうに指先が軽く髪をなぞると王子は手を戻し———あろう事かその指先を自分の鼻先へと持ってくると匂いを嗅いだ。

「いい匂いだ」

わあ!何してるの!


顔が熱い。

多分私の顔は真っ赤になっていると思う。

本当に顔を隠していて良かった…というかどうしてこんな目に合っているんだろう。

そもそも…そうだアイツが王女様に……


「魔女殿」

今度は何よ。もうそんなに見つめないでよ。

「せめて名前を教えてくれないか」

「名前?」

そんなの聞いてどうするの?

「それもダメか?」

言いながらまた王子の手が伸びてくる。

わあ、今度はどこを触る気だ。

「…フローラです!」

思わず正直に答えてしまった。

「フローラか。良い名前だ」

王子の指先がそっと———布越しに私の唇をなぞった。

ぞわっとした感覚が身体中を走る。


「フローラ。私の名前を呼んでくれないか」

「———ジェラルド様…」


「ああ。いいな」

嬉しそうに頬を緩めた顔に心臓がどくんと大きく動いた。

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