呪いを受けて少女は魔女になった
冬野月子
第1話 西の森の魔女
私は機嫌が良かった。
久しぶりに森にまとまった雨が降り、沢山のキノコが採れたのだ。
今夜はキノコたっぷりのスープを作ろう。
お茶用に乾燥もさせないと。
カゴに入った大量の収穫物にウキウキしながら森の奥から家へと戻りかけて…足が止まった。
誰かが家の前にいる。
気配から分かるのは二人の人間———人間とは珍しい。
私の家だと分かってやってきたのだろうか。
仕事の依頼?それとも…
やや警戒しながら家へと近づくと、二人は同時にこちらに振り向いた。
一人は立派な体格で、腰から剣を下げた男だった。
服装からすると騎士なのだろう。
もう一人は黒いローブを纏い、フードを被った人物だった。
顔は見えないが、身体つきからこちらも男性と見えた。
私が近づくと、ローブの人物が一歩前へ出た。
「失礼。西の森の魔女とは貴女か?」
フードを被ったまま人にものを尋ねるなんて本当に失礼ね、と一瞬思ったが、すぐにフードの奥にわずかに見える瞳の色に気づいた。
その特徴的な色は———ああ、うん。顔を隠すのは仕方ないだろうけれど…なぜそんな人が私を訪ねてきたのかしら?
「———何かご用でしょうか」
私の問いかけにフードの彼は一瞬体をわずかに震わせ———そのまま黙り込んでしまった。
「あの…?」
あまりにも長い沈黙に私は首を傾げた。
「あ、ああすまない…。その、声が……想像と違ったもので」
ああ。初対面の人によく言われるやつね。
西の森の魔女は数百年生きていると噂されているから世間的には老婆のイメージが浸透しているけれど、実際会うとその声の若さに驚かれるのよね。
私だって仕事柄もっと落ち着いた声が良かったのだけれど、こればかりは仕方ないわ。
———でもそれにしても動揺し過ぎじゃない?
「…よく言われる事です。それで私に何のご用でしょう」
もう一度尋ねると、彼はフードに手をかけそれを外した。
森の木漏れ日を受けて明るい黄金色の髪が輝く。
「突然の訪問、失礼する。私はジェラルド・ランベール。魔女殿にお聞きしたい事があって来た」
そう言ってこの国の王子様は端正な顔を晒した。
「お茶をお出ししましょうか」
「いえ、お気遣いなく」
二人を家の中へと迎え、魔女の出すお茶なんて怪しくて王子様には飲ませられないだろうけれど念のため聞いてみると、速攻で護衛騎士らしき男性が答えた。
では、と王子が座る正面の椅子に腰を下ろす。
「それでご用件とは」
「———魔女殿は家の中でもフードを取らないのか?」
王家独特の紫色の瞳が全身を紺色のローブで覆われた私を凝視する。
…何だかさっきからちょいちょい失礼な事をされている気がするのだけど。
「…人には姿を見せない事にしております」
「見られると困る事があるのか?」
あるから見せないんでしょう。それくらい察してよ。
「殿下、本題を」
心の中でどうにかしてと念を送ったのが通じたのか、王子の後ろに控えていた騎士が口を開いた。
「…ああ、そうだな」
王子は懐から一枚の紙を取り出した。
「魔女殿はこの模様をご存知か」
広げられ、目の前のテーブルに差し出されたその模様を見て———思わず目を見開いた顔を見られなくて良かったとつくづく思った。
その模様自体見るのは初めてだけれど、意味は分かる。分かるけれど…。
紙を手に取り、模様を確認するふりをして私は何故王子がこの模様を持って来たのかについて考えた。
そもそもこの模様は〝誰に描かれた〟ものなのか……。
「———王宮にも魔導師がいるはずですが」
私は探りを入れる事にした。
「彼らには分からないそうだ。おそらく人間以外が描いた古い呪術であろうと。それで魔女殿のところに来た」
「殿下自らがですか」
「———ああ、そうだ。この件は極秘だった」
思い出したように王子は顔を上げた。
「私がここに来た事も、この模様の事も内密に」
え、見せた後に言うの?
というかそんな大事な事忘れていたの?
もし私が誰かに喋ったら不敬罪で首斬られたりするの?!
「…分かりました」
内心呆れつつも神妙に頷く。
王子が直接来たという事は、王族に関わることよね。
王家でこの模様に関わりがありそうな人物はいたかしら。
———そういえば確か…
「殿下の妹君は…」
私が発した言葉に二人は明らかに動揺を見せた。
———当たりか。
それはまた…非常に厄介な。
「お幾つになられますか」
「———今月十五になった」
「なるほど…」
一人納得したように頷く私に王子は眉をひそめた。
「魔女殿。…何か分かったのか」
「これは妹君の身体に描かれたものですよね」
私は紙を王子の目の前に差し出した。
「———そうだ」
観念したように王子は息を吐いた。
「それでこの模様は一体…」
「意味をお伝えする前に、ご本人に確認したい事がございます」
正直、王家にはとっても関わりたくないんだけれど。
「王女様をここへ連れて来て頂くか、私が王宮へ伺いたいのですが」
一人の少女の未来がかかっている問題だし…それにこの模様を描いたのは私の友人だ。
見てしまったら知らないふりはできない。
「では王宮へ来て頂こう」
そう答えると王子は立ち上がった。
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