第7話
「……なんだよコレ」
思わず顔を覆いたくなるような膨大な熱が一筋の光となって夜空を切り裂く。とうてい信じる気になれない。それでも地上から斜めに放たれた直径一メートルは超える紅蓮の柱が廃墟群を灰燼に変える様は、どう見ても現実だった。
一帯を赤く照らした火炎の放射は、数秒間の破壊を終えると静かに大気へと消えていった。とたんに闇が舞い戻り何かが焼けて、焦げて、溶けた悪臭が漂う。
「——意魂だ」
返事を求めない呟きが拾われ、俺は驚いて皇を見た。どうもその口調には驚きがないように感じられる。
「意魂?」
「そうさ。今の炎は意魂の使い手が出したものだ。意魂っていうのは強く、蔭りない意志を持つ者だけが手に入れられる超常の力。俗に意魂使いと呼ばれる彼らは人体に課せられた制限を外す肉体を手に入れ、中には今のように——」
「おい、ちょっと待ってくれ」
一切の動揺なく述べられる解説に思わず水を差す。なぜこの男は今の現象を見て平気でいられるのだろうか。炎が、家屋を焼き溶かすほどの炎が放射されていたというのに。こんなことは人が為せるものじゃない。いや、人でなくても今の倭にある物でこれができるのかと言われると答えは否だろう。
それを目の当たりにして、この男は——
「これを……人が起こしたって言うのか」
俺は思わず破壊の後を見渡した。無残に崩れ落ちた廃墟はまだ赤々と燃え盛り、少し離れたこちらにもその熱を伝えてくる。それに頬を照らされながら、皇は変わらず平然と答えた。
「もちろん、紛うことのない現実だ。言っただろ? この世には君が知らないことの方が多いと。これが、その最たるものさ」
つい数十分前の会話が思い出される。確かに皇はそのようなことを言っていた気がする。
「まあ、そう簡単に信じられないことは分かっていたさ。では少し遡ろう。十年前の反乱だ。君の父である最上セイともう一人の側近である朝桜ユウヘイは疑う余地のない最高の戦士だった。当然君は知っているだろう」
「……ああ」
「だが、彼らは敗北した。僕の父を守れずにもろとも戦死した。なぜだと思う?」
「それは、九条のほうが強かった……それだけだろ」
「じゃあ君は、国を治めていた皇と側近含むその兵団よりも、一家系である九条のほうが力を持っていたと思うのかい?」
「それは……」
少し熱を帯びた言葉に俺は口ごもる。どうも今日の俺の考えはことごとく否定されるらしい。
しかし、皇が正しいと思う気持ちもある。確かに朝桜のような武闘派一族が総出で裏切りに走ればそれなりの戦いになるかもしれないが、それでも王軍が負けることはないだろう。この街で暇を持て余す衛兵とはわけが違う。たとえ星影がいなくても、側近が一人であっても国内最強の兵団であることに変わりはない。
そのような軍団に対して、数も力も知恵も劣る九条では万が一にも勝機は無い。だがもし、その圧倒的な戦力差を覆すような何かが、例えば世の理を超えた人外の力が存在したのなら——
黙り込んだ俺を見て皇が続けた。
「わかるだろう? それを可能にした力が意魂だ。何者にも妨げることのできない強固な意志が人を強くする。知っているかい? 人の体は持てる力の半分以上を抑制されているんだ。だが、意魂はその枷を外す。そして、同様に解放された脳が余すことなく稼働すれば、今のような超常現象も起こせてしまう。
しかし、九条はこの力を秘匿した。一族以外に漏らさず、あろうことか君たち国民がこれを知ることの無いよう徹底的に支配した。国を閉ざし、人々の意志を潰した。意魂は強い意志が無ければ使えない。この地獄のような環境は意魂と反意、その両方を摘み取るためのものだ」
許せないだろう、と皇は吐き捨てた・
「だから僕がここに来た。遅すぎることは分かっている。それでも、危険を冒してでも、来る必要があった。まだ意志がある人を、僕は見捨てられない」
力強い口調に顔を上げると、まっすぐな眼に見つめられた。
「言っただろう、君はいい眼をしていると。意魂を使いこなせるような、力強い意志がその眼にあふれ出ている。どれだけ意志を殺していようが眼だけは隠せない、周りから見ればその輝き方は特異だ。そこに自覚がないのならなおのこと素晴らしい意志だ」
「俺が……」
妙に合点がいった納得感とこの十年間味わうことのなかった高揚感が心を揺らす。なぜ俺が九派に目を付けられたのか、なぜこの男が俺の前に現れたのか、そして、なぜ俺がこの男に必要とされているのかが解った。
俺にも、こんな臆病な俺にもまだ、出来ることがあるのかもしれない。
「どうだい? 少しは興味を持ってもらえたかな」
「まあ、少しな」
それは良かった、と皇は笑った。
「一つ聞かせてくれ。その意魂って力はどれくらいの人が使えるものなんだ」
「国によって解像度が違うだろうけど、倭内では各国に数名ほど、本国では僕の仲間と九条の人間でしか確認できていないね」
「なら、今の炎を出したのは九条の次男なのか」
「次男……、九条レンヤが来ているのかい⁉」
「……ああ、九派がそう言ってたけど」
軽い確認のつもりが、皇は想像以上の食いつきを見せた。
「それはまずいかもしれないな。こんなにも早く彼が出てくるなんて想定外だ」
「まずい……?」
皇は黙りこくって顔を上げない。俺の問いは、燻る沈黙の中に消えていった。
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