第19話
女将の車にはシャベルとつるはしが用意されていたが、野ざらしの荒れ地に人一人分の穴を掘るのは骨が折れた。女三人が見守る中、鹿島は一人黙々とつるはしを振り、シャベルで土をすくった。月明かりの下でざくざくと穴を掘る行為は、まさに背徳の儀式であった。
御厨の亡骸を穴に埋め、地ならしを終えた頃には、東の空が明け染めていた。
「このことは、我々四人の秘密だ。いいな」
御厨の眠る地面を見下ろしながら、鹿島は他の三人に念を押した。
「上杉拓海君のことを忘れてるんじゃない?」
綺羅が指摘した。
「ああ。やつが誰かと話す前に、口裏を合わせておかなくちゃならねえ。まず、おれ達は今夜、御厨とは会ってねえ。やつは船にも乗っていなかったし、上杉拓海に怪我を負わせたのも別の人間だ」
「別の人間って誰よ」
「どっか他所の連中だよ。チンピラにでも絡まれたってことにすりゃいい」
「そんな言い逃れ、通用するかしら」
「もしもそいつらのことを聞かれたら、知らぬ存ぜぬで通すんだ。船を降りた後、上杉は酔いざましに一人で浜を散歩していた。そこに知らねえやつらがいて、絡んできた。おれ達が気付いた時にゃ、上杉は袋叩きに遭って、浜にのびてたってことにするんだ」
「こちらの女将さんは?」
女将に対し、綺羅はわざとよそよそしい風を装っている。
「女将にも会ってねえ。女将の旅館にも行ってねえ。話の登場人物は、上杉と環、それからお嬢とおれの四人だけだ。この四人で船遊びをしていたんだ」
「車のことはどうするの?」
「車?」
「拓海君を病院に連れて行くのに、旅館の車を使ったでしょ。病院の人には見られているでしょうし、意識のない拓海君をどうやって運んだのか、何て説明するの?」
一歩引いて眺めている分、綺羅の状況分析は冷静だ。
「やはり、うちの車を使ったということでよいのでは?」
女将が提案した。
「あの浜からうちの旅館は目と鼻の先ですし、うちに助けを借りたことにすれば、不自然ではありませんわ」
「しかし、あんたを巻き込むと、話がややこしくなるぜ」
「あくまでも私は無関係の第三者です。もともと御厨総司と私の関係を示すものは何もないのですから、たとえ警察の捜査があったとしても、私の側から御厨の存在が浮かび上がることはありませんわ。南雲家の方々が口を噤んでいる限り・・・」
女将は含みのある目つきで綺羅を一瞥した。
「そうね」
綺羅は女将に冷たい視線を返した。
「南雲家でも御厨総司の正体を知っているのは、おじいちゃんと私だけ。おじいちゃんがお妾さんとの関係を認めるわけはないし、私だって今さら後には引けない」
「その言葉、信用していいんだな、お嬢?」
鹿島が念を押した。
「表沙汰になれば、これは殺人事件よ。誰も好き好んでそんな面倒に巻き込まれたいとは思わないわ」
冷酷なまでの綺羅の言葉は正鵠を射ている。
鹿島は頷いた。そして、放心したように立ち尽くしている環に歩み寄り、そっとその肩を掴んだ。
「いいか、環ちゃん。これから病院に戻るが、上杉の意識が戻ったらあんたの口からこの話を伝えてくれ。くれぐれも妙な気を起こすんじゃねえぞ。お前さんが御厨を撃たなきゃ、上杉は殺されていた。ああするより他なかったんだ。つらいだろうが、あんたもおれ達もこの秘密を背負って生きていくしかねえ」
焦点の合わぬ目で、環はこくりと頷いた。
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