第13話

「さあ、手紙を取ってきたまえ」

 拓海の家から少しはなれた路上に車を停めると、御厨は言った。

「ご両親には何も言わないように。いいね?」

 拓海は返事をせずに車を降りた。

 家に入ると、台所で母が夕飯の支度をする音が聞こえてきた。この時間、父はまだ仕事場から戻っていない。

 拓海はそっと二階の自分の部屋に上がった。見慣れた部屋がどこか遠い世界のように感じられた。

 さて、手紙をどうするか、だ。

 拓海は机の引き出しから封筒を一枚取り出し、何も書いていないルーズリーフの紙を畳んで中に仕舞った。

 これでもないよりはましだ。多少の時間は稼げるだろう。

 存在しない手紙を口実に彼を家に戻らせた環の真意を、拓海はすでに察していた。

 決心はつきかねたが、迷っている暇はない。

 拓海はクローゼットを開けると、奥のほうに仕舞ってある空手の道着を引っ張り出した。固く縛った帯を解き、畳んだ胴着の中に厳重に包んだものを取り出した。

 グロック17。

 黒光りする物体を手にすると、日常を離れ、別世界に迷い込んだような気がした。

 こんなものが必要になるほど、事態は切迫しているのだろうか。敵の食指が環にまで伸びたとなると、楽観は出来ない。環自身それを感じたからこそ、危うい芝居にメッセージを託したのだ。

 拳銃の重みが手になじむまでしばし立ち尽くした後、拓海は銃の安全装置を外し、上部のスライダーを引いて、銃弾を発射口に装填した。操作の手順はあのエイジというやくざ者に教わっていた。

 クローゼットに並ぶハンガーからジャケットを取って羽織ると、内ポケットに拳銃と手紙を押し込み、拓海は決然と部屋を出た。

 階下に下りると、包丁がまな板をたたく音が響いてきた。

 いつもと変わらぬ夕飯前の風景。

 ここは二度と戻れぬ世界かも知れない。

 そう思うと彼の足は台所に向いた。

「母さん」

 振り向いた母の顔は日常そのものだった。

「あら、帰ってたの」

「今日は遅くなるから、先に食べてていいよ」

 いつもは黙って出て行く自分がこんな風に断りを入れるのは不自然だろうか。

「デート?」

 母はまな板に視線を戻し、からかうような口調で言った。

 息子のプライベートに鼻を突っ込んでくる母親を、いつもなら疎ましく思うところだ。しかし、今は普段と違う自分を気取られずにすんだことにほっとした。と同時に、ふつふつと御厨に対する怒りがこみ上げてきた。

「あまり遅くならないでね。相手の方に迷惑をかけちゃだめよ」

「わかったよ」

 母の言葉を背中に受けながら、拓海は玄関に向かった。

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