第10話
「そうか。向こうにもそういう人間がいるのか」
北村の話を聞き終えると、鹿島はいつになく生真面目な顔で呟いた。
「スヴェン・アイゲマンという男です」
北村が言い添えた。
「アイゲマン・・・。ドイツ系か?」
「さあ。彼の出自までは聞いた事がありません」
「まあ、何にせよ、向こうにも話の通じそうな奴がいるというのは、頼もしいことだ」
「実際、話の分かる男です。私にとっても古くからの友人ですが、道理に合わないことはしません」
「シュナウザーってのは、ヨーロッパでも名の通った会社だろ?その中でエリートコースを歩んできた男なら、それなりの教養はあるんだろうな」
「エリートには違いありませんが、それを鼻にかけるようなところはありません。とても親しみやすい男です」
「それを教養というんだよ、北村」
「専務とは気が合うんじゃないでしょうか」
「そうかい」
北村は頷いた。
「そのアイゲマンがこのおれを名指しで指名してきたのかい」
「僭越ながら、私が紹介しました。南雲製薬にも今回の合併話に反対している人はいないかと聞かれましたので」
「その急先鋒がおれってわけかい」
「ええ。その話をしているとき、ふと専務の顔が浮かんだんです」
鹿島は意味ありげにニヤリと笑った。
「北村ちゃんよ。おめえがそんな話をしていいのかい。自分とこの娘を南雲家へ嫁がせようってんだろ?おめえは合併賛成派のはずじゃねえか」
「私は政略結婚には反対です。この話を進めたがっているのは、義父のほうです」
「シュナウザーの社長さんかい。おめえはその意向に逆らえねえってか」
歯に衣着せぬ鹿島の物言いに、北村はむっとした。
「義父には借りがありますので」
「なるほどね。シュナウザーの娘を嫁に貰った挙句、南雲に鞍替えしたとあっちゃ、あちらさんに頭が上がらねえのも無理はねえ。だけどよ、おめえが南雲の社長に納まって会社の合併がうまく行きゃ、向こうにとっちゃ願ったり叶ったりじゃねえか」
「私は社長になりたいとは思っていません」
「おい、そいつは問題発言だぜ。サラリーマンってのは、皆そこを目指すもんだろうが」
「今のところは、という意味です」
「今のところ?甘っちょろいことぬかしてんじゃねえ。こんなチャンス、そう巡ってくるもんじゃねえぜ」
鹿島の声に怒気がこもる。
「鹿島さん」
北村ははたと鹿島を見据え、その名を呼んだ。
「あなたはどうなんですか。次期社長候補に名前が挙がらなかったことを、どう思っているんですか?順番からいえば、あなたの名前が最初に挙がるのが筋だ」
意外な反論を喰って、鹿島は目を白黒させた。
「立候補できるんなら、自分で手を挙げたさ。だが、良くも悪くも、この会社は南雲京輔の会社だ。社長の意向には逆らえねえ。おれだって、それぐらいは弁えてる」
「でも、創業者一族の支配体制には、声をあげて反対してこられたじゃないですか」
「それはそうだろう。一代で会社をこれだけの規模にした南雲京輔の手腕は認めなくちゃならねえ。おれだって、その点じゃ社長に一目置いている。だけど、これだけでかい会社になったんだ。創業者一族の支配がどうのなんて段階はとっくに過ぎている。その時々で一番ふさわしい人間がトップに立つべきだ」
「それなら、今は私が出る幕じゃない。私の対立候補の南雲誠司も二の足を踏んでいます」
「そりゃ、おめえ、駆け引きってやつよ」
「そうは思いません。彼は企業合併に伴う政略結婚にも反対しています。あくまでも本音の部分では、ということですが・・・」
「その点では、おめえと意見が一致しているわけだ」
北村は頷いた。
「鹿島さん。もしあなたにその気がおありなら、わたしはあなたを社長に推してもいい。重役会の投票に持ち込めるなら、私はあなたに一票を投じます」
「うれしいことを言ってくれるじゃねえか。だが、その言葉は胸の内にしまっておけ。おめえか南雲誠司が次期社長の座に就くことは規定路線だよ」
「南雲誠司にも働きかけてみます。彼がどちらに転ぶかは分かりませんが、賭けてみる価値はある。次期社長候補の私たち二人が推せば、重役会も動くかも知れない」
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