7
帰国してから数日して、依頼主から「少女を再発見した」という電話が来た。僕はどうしてわざわざ同じ格好に戻ったんだろう、と思った。僕の妄想は加速する。少女は僕に会いたがっているのではないか。世間的には僕は怠惰な二浪の大学生である。最も、大学生の身分を選んだのは先に挙げたように人間観察が趣味であったのと、暇を嫌ったからだ。しかし、暇を嫌い入学した大学の講義室で、僕は退屈で押しつぶされそうだった。僕は午後の講義をすっぽかし、少女の通う高校へ向かった。聞かなくても分かる講義より、訊かないと分からないことの方が何倍も重要だ。一応友人はいるので代返を頼んでおいた。一回こういう事をしてみたかったと言えば嘘ではない。人を殺す職業をしておいてなんだが、人を騙してサボるのは何とも背徳的であり、魅力的な行為であると思う。
僕は高校の授業中に眠っている少女を遠くから見ていた。1kmは離れているだろう、この距離であれば流石に気取られる心配もない。眠っている少女の顔は前回見た冷静な姿と違ってとても幼く見えた。
少女が眠っている今、この距離からなら殺せるだろう。だが、そうする気にはなれなかった。七限目が終わって、少女が目覚めても人と喋る姿は見えなかった。僕は校門で少女を待ち伏せた。少女は僕の姿を認めても、特に何も言わなかった。僕の横を通り過ぎる前に首で前に歩けと促した。
「私に用があるのでしょう」
「ああ、そうなんだけど」
「あまり目立たないストーカーの方法とか習わなかったんですか」
「知ってはいるけど、逆に君に対しては意味ないだろうから」
そういうと、少女はクスと笑った。花が咲いたように綺麗な笑顔だった。珈琲店に行かないかと言うと少女は快諾した。無論、この前言ったような連盟の客がいる場所ではない。
歩いている途中に煙草を吸う僕を見て、少女は「使ってくれてるんですね、嬉しい。」とわずかに微笑んでいった。この反応が見たくて吸ったのに、僕は黙っていた。まるで初恋である、情けない。かつての僕もこんな感情を抱いたことはあったのだろうか。
「ウイスキー、美味しかったですか?」
「瓶を割って溢してしまった」
僕は嘘をついた。
「あれ、凄く高かったんですよ」
「旅費よりは安くすんだろ?」
「まあ、そうですが」
珈琲店の人目につかない奥の席に、僕らは腰を下ろした。マスターが来た。長い間常連で彼と話が合う僕にはわざわざ彼が注文を訊きに来てくれる。というか、決めに来てくれる。僕は「アイス コナ ブラック」と言った。マスターはおまかせで無いことに意外そうな顔をしていた。少女に目をやると「私はいいですよ、お金持ってきてないですし」と言った。僕は「追加でホット コナ 砂糖大量」と言った。
「甘いー」と言いながら少女は嬉しそうに珈琲を飲んだ。僕は「何故あんなことをした?」と訊いたが、少女は「ハワイコナの珈琲なんてはじめて飲みました。物凄く甘いんですね」と惚けた。
「甘いのは砂糖が沢山入っているからだ本来の味ではない」
「知ってますよ。馬鹿なんですか?それより、私すごい甘党なんです」
「そうか」
「ストーカーさんも甘党なんですか?」
「かもな」
先程と同じことを僕がもう一度問うと、少女は「私たちってカップルに見えますかね」と 言い出した。「この前みたいな大人の姿に戻ってからもう一回言ってくれないか?」「なんのことでしょう?」僕は訊くのを諦め、追加でパンケーキを四枚注文した。 甘党だった僕と少女はそれをすぐに平らげてしまった。「同年代が好みと見受けられるストーカーさんには残念なお知らせですがこれが私の本当の姿ですよ」彼女は耳から顔を遠ざけると、年相応の笑みを浮かべた。
店を出ると少女は楽しそうにくるくると回った。「私、ストーカーさんと二人で食事をしたのってはじめてです。あー、楽しかった」と言った。僕は何故友人を作らないのか訊こうと思ったがやめることにした。 少女が別れ際に「ストーカーさん、また奢って貰って良いですか?」と訊いてきた。殺し屋からストーカーさんとなった僕は頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます