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帰りの飛行機の中で僕はオセロのゲームをしていた。ゲームと言えばもっと面白そうな物はいくつかあったが、オセロがしたい気分だった。この飛行機に搭載されているようなものでは無いが、流行りのスマホゲーム等、「同じことを繰り返す」ゲームは、現実世界において一定の人気を誇る。それは単純な作業ではあるが、レベルやランクシステム、所持アイテム等他人と比較できるステータスが存在し、ゲームの人気がそのままそのゲームでの努力を価値とするからだ。しかし、僕はそのようなゲームに肯定的になれない人間だった。時間潰しに通っている大学でも、多くの人間がこのゲームにはまる。しかし、一部の例外を除き、ゲームは当人を本質的に成長させるわけではないのだ。少なくとも僕は「繰り返しで一方的に相手を嬲る」行為をゲームでまでやっていようとは思えない。それであれば、脳の神経回路の強化や記憶力の強化につながり、コンピュータは今まさに人智の先へ向かっているオセロ、囲碁、チェス、将棋というようなゲームに手が伸びるのもわかってもらえるだろうか。
しかし、飛行機のオセロはコンピューターが弱すぎて話にならなかった。恐らくオセロを配置する場所ごとに評価値を決めて置き、それに沿って手を返すような簡単なプログラムで作られたものなのだろう、全く捻りが無く、途中で相手が石を置けないように誘導して勝つことさえできた。世界最高峰のコンピュータとの対決ですら互角以上の戦いをする僕にとっては退屈以外の何物でもない。
見かねた隣の席の女性が「私とやりませんか?」と言ってきた。彼女はいつから見ていたのだろう。僕と同い年くらいの顔立ちの綺麗な女性だった。僕はそれに応じた。最初の二戦は連続で僕が勝った。石の数を見ると大差かもしれないが、上手くやれば引っくり返せる所まで来られていた。一手違えば結果は変わったと思う。そして次で僕は負けた。新鮮な感じがした。僕は、久しぶりに負けたな、と思った。相手が誰だったかは思い出せなかった。 僕と女性は飛行機が到着するまでの時間、勝負を続けた。
総合的に、三十五勝二十一敗で僕が勝った。それまでに僕は三回彼女にコーヒーを奢り、彼女も三回僕にコーヒーを奢った。随分長い戦いだった。しかし、一つのことにここまで熱中できたのは、何時ぶりだろうか。僕はオセロは自分の方が上のようだと思った。「ありがとう、楽しかった」と言うと、女性も「久しぶりに楽しかったです」と言った。
長いフライトが終わり、僕らは何の関係も無かったようにその場を立ち去った。空港で手頃なご飯を食べた。
彼女が置いた青いバラの意味は「奇跡」「祝福」彼女が持っているのが、空の器を満たす「僕の記憶」なのだろうか……であれば、連盟に命を狙われ、僕を軽々と返す彼女は一体何者で、どの姿が本物なのか。最初は僕の警戒心を解くために高校生の姿をしていたのか……?そんなことすら気になり、その夜は延々と自分の記憶が何かの拍子に蘇らないかと色々な事を試した。少女が持っていたキャンディーと同じものを食べたりもした。特段食べたんだろうな、という感じはしなかった、ただ、どこか懐かしさがある味だった。
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