5
次の日、僕は残りの潜伏先の一つに向かい息を呑んだ。潜伏先が何者かにばれ、壊滅の被害にあったというのは彼らもわかっていただろうから、夜の内に拠点を変えると思っていた。周囲に何もない、知らないと絶対に分からない砂漠の地下。その中では全ての人間が息絶えていた。ここが本拠地だったのだろう。内部は広く、骸の数も多かった。ただ、その上には一人ずつ、丁寧に青いバラが添えてあった。しっかりとした死体安置所を見ているようだった。死体の様子から見るに、死後一日、"確実に僕がこれない昨日、丁度一つ目の拠点を攻撃したあたりで"殺されたようだ。血が飛び散り、多数の銃痕が残る部屋の中で、全く血が付かず、傷も付いてない煙草の箱が落ちていた。中には一度吸われた煙草が一本とそれ以外の吸われてない煙草が入っていた。吸われた煙草にはうっすらと口紅が付いていた。煙草を吸わない僕でも知っている銘柄だった。僕はそれをポケットに入れ、次の潜伏先へ向かった。
そこでもご丁寧に皆殺されていて、青いバラが添えられていた。あまりにもタイミングが被っている。誰かが僕の仕事を持って行ってしまったのだろうか。僕はそこでライターを拾った。使い込まれた、黒いオイルライターだった。煙草に火を点けると、煙草など吸ったことがなかったのに何故か懐かしい味がした。噎せることもなく、一本吸い終えた。
最後の潜伏先も言うまでもなく皆殺しだった。青いバラと、今度はウイスキーが置いてあった。ここまでくればもう置物達は僕を意識して置いてかれたというのがはっきりわかっていたのだが、不思議と毒が入っている感じはしなかったので飲もうとは思わなかったが基本僕はどんなにお金を持っていても安物しか飲まないのでーーこれには前から何故だろう、と感じていた。ほかにお金の使い道があるわけではないが、お金を酒に使おうと思わないのであるーーこれは飲まないでおくことにした。これを飲んで高いものでしか満足できなくなったら困るからだ。何やら元の持ち主は僕と趣向が合いそうだし、僕の好きな味なのだろう。多分。アルコール度数がそれなりに高い物だったので、流した上で吸った煙草を投げ入れ、建物を燃やして火葬をしてやった。夜の荒野で火が燃え上がる様は僕に、やったことの無いキャンプファイヤーを連想させた。やったことが無いのか、やった記憶が無いのか。もしかしたらこの行動にも意味があって、僕の記憶に関連しているのかもしれない、そう思った。間違いなく、『彼女』は僕の記憶を呼び起こすキーになるに違い無い。ここ数日の一連の出来事が、僕にそう告げていた。青いバラの花言葉「不可能」「存在しないもの」存在しないものは僕の記憶で、不可能は……
ホテルに戻った僕は、誰が彼らを殺したかを考えてるなんてことはしなかった。僕は最初の現場を見てすぐにそれが可能な人間が思いあたっていたからだ。『隻腕』『崇拝』『狂気』『贖罪』『剣聖』『破戒』、彼らの予定は僕にも告げられている。それはもしかするとフェイクであるかもしれないが、万が一にでも僕が今回の依頼を失敗すると連盟が判断したとて、このうちの誰かが投入されるとは思えない。ましてや、連盟としても僕が死ぬことは喜ばしいことかもしれない。一対多で僕が死んだなら、特級職員の何人かでそれを処理すればいい。今日目が覚めるまで、ずっと連盟は僕を『必要として』生かしているのだと思っていた。しかし、恐らくそれは違うのだろう。僕を生かすことで、僕が連盟の為の仕事をする以外のところで連盟に利益がある。そうでないと、いつ記憶を取り戻し裏切る可能性がある人間、そしてそれが起きたのであれば甚大な被害が出る人間を生かしておきたいと思わないだろう。
一昨日電話をかけてきた連盟の男に電話をかけると、思いのほか早く応答があった。そして彼は「彼女なら君が行ってすぐ行方不明だ」と言った。僕も駆け引きは何度となく行ってきた殺し屋だ。その言葉が嘘であるというのはすぐにわかった。
ただ彼女が普通の危険人物であるなら連盟の人員を多数動員すればいい。僕の様な人間はいないにしろそれに近い、人間は六人もいるのだ。その様な人間との一対多数戦であれば流石に連盟に軍配は上がるだろう。それとも、それですら敵わないという見積もりなのだろうか。どうも、少女が殺害の標的にされる原因がが少女だけのものとは考え辛かった。
続けて、僕は依頼の達成と謎の殺し屋について、店主に電話で伝えた。「君も、分かっているだろう」と彼は言った。電話はそこで切られた。連盟のジジイ達とは違ってどうやら彼は少なからず僕を想ってくれているようだ。そこに少しのありがたさを感じた。僕の味方など、記憶の限りではどこにもいなかったから。
残り十七本になった煙草を吸うのが惜しくなり、街角で新しい煙草を買った。全く知らない銘柄だった。
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