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 出発前、連盟の上層部の一人に連絡をとった。「標的を殺し損ねた。これからテロ組織を殲滅するために海外へ飛ぶ。申し訳ない」と告げると「そうか」とだけ言われた。連絡をすぐに行わなかったことに対する咎めもなく、僕が少女の殺害に失敗したということに意外性を感じていないようだった。連盟上層部は少女が僕が殺し損ねてもおかしくないほどの実力者と理解しているのだろう。僕は少女が何者なのかを知りたかった、だが「分かった。こちらは見張りを付けておく。帰国したら連絡してくれ」と言われ電話を切られてしまった。

 あちらにも何か『僕に』知られたくない事情があるのだろうか。だがそんなことは関係無い。帰国すればまたすぐに少女を追うことができる。

 心なしか僕は少女を追うことを楽しみにしているようだった。もしかしたらこのように思っていたのかもしれない。僕の標的はいつでも僕の手によって死んでしまう人間ばかりだった。けれども彼女なら、殺されないで僕と対峙する様を観察させ続けてくれる。そしてそれは今までの人間観察とは比べものにならないくらい面白いだろう、と。

 そして僕は昨日の自分の思考をたどっていた。連盟から僕への情報の多くはシャットアウトされている。与えられる情報はあちら側が検閲してからのものとなっている。であるから、彼女は連盟の人間である可能性もあるのだ。もしかしたら彼女は過去に僕を止めた特級職員で、何らかのやらかしで組織から追われる身になったのではないか。ある程度納得がいく推理だった。連盟上層部が僕の失敗について不審に思わないことにも納得がいく。それに、現在僕が特級職員の一席を務めているからと言い、過去どうだったか、実際は連盟に与えられた情報しかないのだから判断のしようがない。もしかしたら彼女が連盟の特級職員であり、一席を務めていたのかもしれない。そう考えると、彼女が僕をみてがっかりしたような様子を見せたのにもある程度納得がいく。変わらない、救いようのない弱さの僕に、嫌気を示したのかもしれない。


 次の日になり僕は組織の一つ目の潜伏先に着いた。僕は手榴弾一つしか持ってこなかった。相手を侮っているわけではない。余計な荷物は最高の動きを鈍らせる。一人の男が外出したのを確認していた。資料によるとこの男は組織の中では最も地位が低いようで、毎日決まった時間に買い出しへと行っているようだ。全く警戒心が欠けていると感じる。まあ内部の人間がそれを補えるほどの実力者ーーこの場合は対人の戦闘面においてーーであれば問題はないのだが、果たしてそうなのだろうか。このようなパターンは常にそんなことはなく、一瞬で片付いてしまう。僕はがっかりしていた。戦いの中での進化、とかいうものを僕は未だに真実であると思うし、それが今の僕には必要であると思っていたのだ。気が付いていなかったが少し調子に乗りすぎていた僕の自信が粉々にされたことで、僕は最高に生を実感していた、久しく成長を望んでいるのだ。

 入り口の死角で待ち伏せをし、帰ってきた男を手刀で殺し、懐に入っていた拳銃を奪った。そして入り口を手榴弾で破壊した。何度も言うが手持ちは少ない方が楽なのだ。殺傷能力が高い武器や投げ物はどうせ敵が持っている。

 寸劇。煙が消えたときには十三人の男の骸が僕の目の前に転がっていた。弾がちょうど切れたので、手頃な銃を拾い上げ一つ後ろのベルトにかけ、二つを手に持った。あらかじめ銃に弾を装填していてマガジンと合わせて13発。上手くできているものだ。西部劇をイメージしながら手のひらでくるくると銃を回し、なじませる。一丁は撃鉄すら起こされていなかった。撃鉄を起こそう。殲滅しよう。

 骸の一つの手を切り取り、その指紋でドアのロックを解除した。認証に必要なのは人差し指だけだったので、あとは切り取ってその場に捨て、人差し指をポケットに入れた。資料である程度の人間は把握できていたが、気配からしてそれ以上の人間がいるのは明白だ。だが僕はワクワクと先へ進む。

 二つ目のドアを解除し次の部屋に入ったとき、 僕は二人殺し損ねた。筋肉の配列と僕の動きに一瞬で反応したという事実(無論三つの銃で十人を相手にしたので反応が良ければ避けられるのだがそれでも稀であった)、姿勢から見るに、稀にいる"それなりの力を持つ人間"だった。連盟の上級職員のようなものだ、だが、彼らと僕の力の差には埋められない溝がある。二人の男は連携して僕を襲った。だが残念、その動きは直視でスローモーションにしか見えなかった。僕は二丁の銃を"本当に軽く"頭上に放り上げた。投げ上げた力と重力による運動で計算して約一秒。時間は十分すぎるほどにある。一回目の攻撃を捌き、追撃時に一人の腕を掴んだ。僕から逃れた方の攻撃は手を捕まれた男が受けた。仰向けに倒れ始めた男の頭を右腕で掴んで空中を回転し、左手で銃を回収し逃れた方の男の心臓を至近距離で撃ち抜いた。もう一人の男は倒れ終わる前に右手で回収したもう一つの銃で脳天を撃ち抜いた。水っぽい音がして、僕の白いシャツは赤く染まった。銃で撃ち抜かれた男達の身体はびくびくと痙攣していた。その様を見ると、死の定義を曖昧に感じてしまった。

 この潜伏先にはこれ以上の手練れはいなかった。僕は約五分にて百十二人を殺害し、 "次"へと向かった。移動中、返り血を浴びたシャツを見て血だと疑うものはいなかった。元から赤いシャツだった。 と言えるまでに全体が隈無く真っ赤に染まっていた。動脈から流れ出た血のみで色付けたのだ。今回の潜入ではこれが一番大変だった。

 そこそこの距離があったため、僕は一日で組織を殲滅することができなかった。その後、語るまでもないようにあっさりと三つの潜伏先を攻略した僕はホテルに戻り寝ることにした。血の匂いを感じられないようには注意を払った。余計な殺しはしたくはない。僕が寝る前に考えたのはやはりあの少女のことだった。夢にまで出てきたら、どうしようか。夢の中でなら、殺せるだろうか。そんなことを考えている自分につい、笑ってしまう。


 その夜、不思議な夢を見た。ずっと前からそこにいたような仲の、自分より幼い女性。ただ、僕に対しては敵意が見える。僕が18歳くらいで、彼女が14歳くらいだろうか。それは三人称視点の夢で、僕らはこんな話をしていた。

「何読んでるんですか?」 少女が聞く。

「…二十年後」 僕は答える。オー・ヘンリーの小説である。

「どんな話ですか?」

「とある殺し屋に両親を殺された女の子が実はその殺し屋がその子を思って両親を殺したと知り殺し屋を好きになる話」 嘘である。

「嘘つき、全然違うじゃないですか」 実際は二人の人間が、一人は警察官に、一人は犯罪に走る、という話だ。ただ、20年後に再開を約束した彼らはそれを果たすが、犯罪に走った方は相手が警察官となっていたこともあり、再開に気付かない。犯罪者は自分の成功体験や20年後の約束について語り、その警察官が去った後に別の警察官の手によって逮捕される。旧友を自らの手で逮捕したくなかったがため、そういう対処をとったのである。

「読んだことあったとはね」

「机の上に置いてあって暇だったんで勝手に読みました」


 目覚めた時に思い出せたのがその内容だけだった。夢は途絶えた。短い夢だった。しかし、確かな違和感があった。

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