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次の日、と言っても日付は変わっていないが僕は依頼を受けて別の国の地面に降り立っていた。
外国が好きだ。母国では感じられない緊張感、パリッとした空気。極端な温度を味わうことができる。ここら辺は国によりけりであるが、僕が派遣される国はおおよそその様な場所ばかりであった。一端の殺し屋は、基本タイマン、多くても一人対二人での戦いが主だ。そして、その中でも殆どの人間は暗殺を専門としている。技術が成っていない以上、事故死に見せかけるためには暗殺が最も効率が良く、事の詳細が明るみに出ることが少ないのだ。最も連盟は国家上層部絡みの仕事を請け負う都合上、国の中での殺しは結構緩かったりする。幾千と存在する下級職員は暗殺を主とした母国での殺し、数百の中級職員はグループを組み母国における不穏分子の集団や隣国での殺し、五十人程度の上級職員はある程度母国から離れた国での殺し、と連盟のバックアップと職員の実力によって適切になるような仕事の割り振りがされる。僕の様な特級職員は連盟でも極一部、現在七名であり、それらが母国から遠く離れた国や自然環境が過酷な国でのマフィア等の集団殲滅を任されることが多い。最も実際に外国に赴けるのは大抵の場合三名であり、僕が過去に処分されなかった理由はそれも大きいと分析されている。というのも特殊部隊は主に母国、というより連盟本部の守護にあたることが主である。特殊部隊の面々は上級職員八名と特級職員四名で構成されており、その守護は絶対と言えるようだ。過去の僕が戦ったときは特級職員三名と上級職員十二名であり、そのうち特級職員一名を除く十四名が僕に殺されたようである。そのせいで特級職員を一名増員するようになったそうだ、数を比べても分かるように、特級職員一名は上級職員十名以上の戦力がある、実際はもっと実力が離れている。一人一人が兵器のような存在。人間社会における異端者たちである。
飛行機を降りて向かったのは、街の景観が綺麗な場所だった。その街は全体が石でできていると言っても過言ではないような姿をしていた。城のようであり、城下町のようでもあり、それでもこの町は何か特殊な歴史や文化があるわけでは無さそうだった。赤と白の洒落た家の前、不揃いな形の石で作られた地面の上で老夫婦がアコギを弾いていた。向かいの石壁に寄り掛かりながら、通り過ぎていく人を横目に演奏を最後まで聞いた。誰も入れる人が居ないのを確認してから、控えめに置かれた箱の中に数枚紙幣を放り込んだ。この国に来るのは初めての筈なのに、今の演奏は不思議と懐かしさを感じさせた。誰かが言っていた、「故郷は人間の中で最もあたたかい場所」であると。僕の記憶の中には、故郷と言えるような場所が思い浮かばなかった。それは記憶が無いからなのか、母国を故郷と感じていないかなのかは分からない。しかし、だからなおさら、僕に感動を与えてくれた。
夜の景色はまだ殺しを知らなかった、目覚めたばかりの僕が憧れていた"コンプレックスの世界"の一つに少し似ていた。美しい夜景、もとより僕はそれを眺めるのが好きだった。ただ、その世界の中では、僕は一人ではなく、女と共にいた。僕も年頃の男なのだから、頭にわざわざ思い浮かべないだけでその様な願望もあるのだろう。誰かと感想を共有したかったのだ、一般の人間と。深層意識の願望だろうか、僕があのような子が好きなのだろうか、頭に浮かんだその女は、例の少女を思い起こさせた。
記憶を失った僕が連盟の特級職員として復帰するまで少しの間があった、と言うのも記憶が無い僕は地下に監禁され、連盟による『教育』を受けた。最初は本を与えられ、それを読んでこの世界を理解していった。その間で先程思い浮かべたコンプレックスの世界の様なものが僕の中に生まれた。その後がどのようなものだったかは言うまでもあるまい。最強の殺し屋を取り戻す為に、連盟も必死だった。しかし、『教育』の後で連盟本部で僕を見る度に向けられる視線は、上官への尊敬の目だけでは無かった。多くの者が怯えた心を隠せないような目で僕を見ていた。無論、いきなり反旗を翻した人間が近くにいるだけで恐怖するのはわかる、僕に向けられる感情は『恐怖』を除いてもあまり良いイメージの物では無かった。ただ、『尊敬』があってもいいのではないか、とこれもまた恥ずかしい話であるが僕は考えていた。最強の殺し屋である、もし彼らが自分の職を天職と感じているのであればおかしな話だが特級職員を複数殺すほどの実力を見せた僕に憧れを抱いてもおかしくはあるまい。が、そのような物は一人以外からは感じられなかった。特級職員の中でも席次があり、恥ずかしい話だが僕らには二つ名の様なものが付けられているらしい。席次順に、『反逆』『隻腕』『崇拝』『狂気』『贖罪』『剣聖』『破戒』。
無論、僕が反逆である。この二つ名というのはかなり適当で、そして"更新"されることがあるらしい。昔は何という二つ名で呼ばれていたのだろうか。誰が僕の『反逆』の際にそれを止めたかはデータベースからも他の職員からも確認できなかった。徹底的な情報統制がなされているのだ。僕の復讐を防ぐため、若しくはそこに何か秘密があるのかもしれないが。ただ、殆どの職員の尊敬の念は隻腕に集められているようだった。であるから、僕を止めたのも次席である『隻腕』なのかもしれない、ただ、そう断定できない理由が特級職員には存在していた。そう、『隻腕』以外の人間は人格破綻者なのである。自らの宗教の戒律を破り、殺しを快楽と感じ特級職員として連盟に引き入れられた『破戒』、同様に時代錯誤的でありながらも剣で最強を目指した、その上で真剣での殺しを望むようになり、また相手が剣ではなくとも殺しの土俵で戦うことに興味を持ち連盟入りした『剣聖』、過去の虐殺の贖罪に社会に貢献する為に殺しをしよう、という過去の自己を肯定するために殺しを続けているだけの怪物と化してしまった『贖罪』、文字通り、何を考えているのかも分からなければ常軌を逸した様な行動をとり、度々『隻腕』に抑えられている『狂気』、そして唯一僕を尊敬して崇める『崇拝』。悲しいことに特級職員が頭のネジが外れてしまった人間の集まりであるため、僕を止めた人間、僕の動機を知る人間を特定することはできない。僕が末席として特級職員に復帰して『隻腕』『崇拝』『剣聖』と共に連盟の特殊部隊にいたときに彼らとは関わりがあったが、やはり誰と断定するのは難しい。風のうわさでは昔は本部に攻め入ってくるようなものの対処にも大した戦力は必要ないと判断されていてーー何しろこちらのホームグラウンドなのでよっぽど隙を突かれなければ有利に変わりは無いのであるーー特殊部隊にいた三名の特級職員は下位から選ばれていたようで、その頃は僕に与えられた情報が正しければ僕を一席とした九名であるから、『破戒』が僕を止め、残りの二人が死んだのかもしれない。ただ、特殊部隊として行動する中でも部下からの信頼が厚く、僕が一席に戻るまで一席を務めた『隻腕』、特級職員唯一の女性であり、その一対多戦闘のあまりの勝率から僕の再来と呼ばれ、本人も僕を模倣するように技術を高めたという『崇拝』、剣さえ持てていれば銃を持つ相手が多数でも容易く殺す『剣聖』、この中の誰であってもおかしくはない。
今は僕が抜けた穴は『狂気』によって塞がれている。何しろやつは問題を起こしすぎたらしい、恐らく彼よりも『破戒』の方が人として狂っているがその実力差が彼を狂気に仕立ててしまったのだろう。そう考えると昔の特殊部隊に『狂気』がいたとも考えられるが、彼を抑えられる人間がいなかった場合特殊部隊が成り立たない可能性もあるのでここの想像は難しい。今は『隻腕』の監視下の元比較的おとなしく、時折『隻腕』と『崇拝』に対決を挑みフラストレーションを発散させながら本部の守護にあたっているようだ。最も、連盟本部がある場所を母国と形式上読んでいる僕について、僕の実際の出身がどこなのかは教えられなかったが『崇拝』『贖罪』『剣聖』以外は母国の人間ではないらしい。世界中から殺しの猛者が集まった連盟本部に攻め込んでくるような愚か者は世界的に見ても少なく、過去のデータによれば最も被害を被ったのが僕一人を相手にした時のようだ。
遠回りをしてから僕はホテルへ向かった。この景色を留めておくために、今日は早く寝てしまおうと思った。
「調べは順調かい?」
朝、滞在先のホテルにてコーヒーを飲んでいると"依頼主の一人"が再び電話をかけてきた。仕事が忙しいのか、僕が信用されているのかはわからないが特段普段は連絡をしてこない男だった。
「まあ」
僕は率直に思ったことを口に出す。ほどほどには、と。調べ、というのは標的を調べることではない。そんなものは依頼時に受け取っている。僕の仕事は与えられた情報を使って"依頼を完遂できるか"だ。この男はそれを聞いているのだろう。
「今回も頼む。君一人で片付けてくれれば我々によることだとわからないからね」
わざわざ念を押す意味が分からないが、先の僕の失敗は既に『連盟』の人間全体に伝わっているのだろう、そしてそれが"上客"にも漏れた。連盟も、"国"も乱心があってはかなわないと思ったのかもしれない。
「ああ」
コーヒーを胃に流し込み、僕はテロ組織の潜伏先六箇所を一日で全て偵察して、明日、順に潰していくことにした。
眠る前、僕はまた少女のことを考えていた。あの子は、一体。僕の記憶には何も無いのに、何故か記憶の何処かにヒントがある気がした。
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