117.うるっと来ちゃうわ
本来、結婚式を大々的に執り行うのは王侯貴族くらい。一般的には、お披露目の宴を催すのよ。そこで花婿と花嫁が、互いを繋ぐアクセサリーを贈り合う。盛り上がる飲み会は、翌朝お開きになるまで続く。それがエインズワースの結婚式だった。
私は公国の公女だけど、お披露目の宴からスタートよ。気取る必要なんてないし、呼びたい貴族もいない。外国の偉い人を招待したいとも思わなかった。この国を支える国民と喜びを分かち合い、聖樹ラファエルの巫女で妻になった私を祝って欲しいだけ。
「お待たせ! 酒と食物は全部奢りだよ!」
豪快に登場したのはアマンダだ。商隊の若い男衆を連れて、何台もの馬車で駆けつけた。さすがね。お礼を言って受け取り、下ろす作業に未婚女性が群がる。
「あら、婚活になっちゃったわ」
「それが狙いだ。この国を拠点に動くんだから、こいつらもエインズワースで嫁をもらって家庭を持てばいいさ」
アマンダはそう言って笑った。貿易都市ウォレスは、エインズワースの一部となっている。だから結婚しても国内での引っ越しよね。若い娘達を嫁にもらっても、ここまで通ってくることも可能だわ。仕事の拠点をウォレスから徐々に移すアマンダに従うなら、彼らの本拠地はこのエインズワースのお膝元になる。
「アマンダはどうなのよ」
「ん? 安心しろ、いいのを見つけた」
誰なの? 教えて! 詰め寄っても彼女は笑ってかわす。だけど視線が街の方をちらちらと見ていた。宴はすでに始まり、挨拶もなしに酒が開けられ、食べ物が振る舞われる。踊り出す子が現れ、ミカもアビーと手を繋いでくるくると回った。
「僕はあんなに祝福を大盤振る舞いしたのにぃ」
遅刻したと嘆くシリルが、小狐に化けて私の膝に乗る。と、ラエルが無造作に落とした。ムッとした顔で今度は足元に擦り寄るが、蹴られそうになって避ける。攻防を笑いながら止めて、シリルを抱き上げた。口の脇にちゅっとキスをあげる。
「お礼よ、金剛石もありがとう」
「どういたしまして」
嬉しそうに尻尾を振ったシリルは、聖獣用に注がれた器の酒を舐め始めた。そこへ空を飛んだフィリスが合流する。
「うわぁ素敵ね、やっぱりグレイスは綺麗だわ」
「ありがとう、フィリス。疲れたでしょう? いっぱい食べて飲んでね」
今日は無礼講……というか、エインズワースはいつもね。聖獣達が葡萄酒に舌鼓を打つ頃、ようやく街の残りの住人と騎士達が現れた。
「グレイス! 綺麗だ、花嫁衣装がよく似合ってる」
褒めるカーティス兄様を押し退け、メイナード兄様が花束を差し出した。受け取ると、甘い香りに包まれる。
「これで完璧だ、花嫁は花束がなくちゃな! 幸せになれよ」
うるっと来てしまう。以前と違って遠くへお嫁に行くわけじゃなくて、これからもここに住むの。それなのに、別れみたいだわ。感情が溢れて、声にならなくて喉に詰まった。
「あり、がと」
なんとか絞り出した短いお礼と、泣きそうな微笑みが精一杯。やだわ、化粧が崩れちゃう。
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