114.即答で否定しました

 マーランド帝国は、大陸を二分する大きな勢力よ。お祖父様は、娘であるお母様に継いで欲しいと願っていた。でもお母様は嫁に行ってしまう。その際に、妙な条件を付けられたと執事ランベルトが話してくれた。


「ジャスミン皇女殿下に優秀なお子が生まれたら、その子を跡取りに欲しいと……皇帝陛下がそう口になさっていました」


「だとしたら、カーティス兄様を狙ってるの? エインズワース公国の次期公主よ」


「違うと思います」


 侍女で元帝国女騎士のジェシカが首を横に振った。お母様が嫁ぐ際、騎士を辞めてついてきた人よね。年の離れた姉のような存在だった。甘やかしてくれて、でも厳しい面も持ち合わせている。


「どうして?」


「ジャスミン様に似た子が欲しいという意味なら……」


 なるほど。お母様に似ているとなれば、もう一人のお兄様で決まり。


「メイナード兄様ね? でも新しい皇帝陛下に譲位したのでしょう。今さら何を言ってるのかしら」


 もっと早い段階で言わなくちゃダメじゃない。そんな私の文句に、ラエルが苦笑いして否定した。


『僕は推測はしないよ。情報から集めた可能性の話だ』


 それが推測というのではないかしら? そう思ったけれど、私は耳を傾けた。根を通じてラエルは、私達の知らない帝国の情報も持っているわ。


『先代皇帝が欲しいのは、グレイス――君だよ。人ではない得体の知れない僕に、母君そっくりのグレイスが奪われるのは許せないんだってさ。新しい皇帝は年齢が釣り合わないけど、その弟なら?』


 ぎぎぎ……と視線が私に集まる。そこで気づいた。だから叔父様が監禁されたのね!?


「ユリシーズ叔父様と? ないわ!」


 即答でした。この部屋に叔父様がいなくてよかったわ。傷つけないように言葉を選ばなくて済んだもの。ユリシーズ叔父様は一般的には、モテる要素がある人よ。地位もお金も領地もあるし、顔もまあまあだと思う。ラエルと比べると凡庸だけど、それは比べる対象が違いすぎるから仕方ないわね。それがなくても、私は叔父様を選ばないけどね。


 性格も優しいし、飲んでも暴力を振るう人じゃない。モテるはずなのに、未だ独身なのよ。その原因が……強烈なシスコンね。お母様を大好き過ぎて、唯一の女性として崇めてるわ。だからお母様と結婚できないなら、一生結婚しないと誓ったそうなの……えっと、なんだっけ。あのラシーン教の神様に誓ったと聞いたわ。


「ラシーン教の神父が来るなら……」


 侍女のジェシカは、意味ありげに言葉を切った。また私に視線が集まる。ラエルも含めて。


「間違いなく……お嬢様が目当てです」


 しーんと音が消える。執事も侍女も、私も……全員が足元に目を向けた。こういう時、誰かと目を合わせたら負けだと思うの。深い意味はないけどね。

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