113.帝国からの招かれざる客の正体

 帝国から来た使者、それは公国の頂点に立つお母様と同等ではない。帝国はお母様の実家で、私にとってもお祖父様が治めていた懐かしい地だった。よく遊びに行ったわ。


 ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着け、顔を上げた先に……見覚えのある人影。そして巨大な猫がお尻まですっぽりと客間に入っていた。お陰ですごく狭いわ。本来は広くて自慢の客間なのに!


 外から帰ってきた私達に尻尾だけが見えた理由が分かり、肩を落とした。それから動いた人影に声をかける。


「ユリシーズ叔父様?」


 よく知った叔父の姿に絶句する。振り返った彼の隣に、別の男がいた。外見はそんなに変わっていないのに、痩せてしまった叔父は別人のよう。驚いて目を見開く。


「叔父様、何があったの?」


「聞いてくれ。酷い目に遭ったんだ。兄上……っと、今は皇帝陛下だけど。いきなり監禁されて、足枷がわりにこの男を付けられた」


 お母様の顔を見ると、くすくす笑っている。なにやら事情がありそうね。ラエルは嫌そうな顔をしながら、ユリシーズ叔父様について来た男を眺めている。


「ラエル、何かあるの?」


『その男、ラシーン教の神父だね。お香の匂いがする』


 そこで思い出しました。帝国には独自の宗教があり、教会も存在します。このエインズワースは聖樹様を崇めることで、成長して来ました。つまり対立する宗教の神父が、エインズワースに乗り込んだ形になります。それは気分が悪いですね。招かれざる者という表現も納得しました。


「お母様、事情を教えてください」


「母上、この者を外へ放り出しても?」


 詰め寄る私とメイナード兄様に、お母様はにっこり笑って、赤い唇を横に引きました。わずかに動く口角を見て、私はラエルと腕を絡めて踵を返す。


「ラシーン教の神父だなんて不愉快だわ。部屋に戻ります」


 ラエルを引っ張って部屋を出て、そのまま駆け上がる。私の部屋にシリルが待っていた。どうやら事情を調べてくれたみたい。


「待て! 母上と使者殿に失礼だぞ」


 後ろから追い掛けるメイナード兄様の声がするけれど、実際には追いかけてこない。だって兄様は、お父様達を呼びに戻るんだもの。忙しいわね。そう呟いたら、ラエルがパール経由で祝福を授けてくれるみたい。全力で走れば、明日の朝には戻ってくるかしら。


 私は拗ねたフリをして、やることがある。お母様が使者の神父とユリシーズ叔父様を引きつけている間に、ラエルと手を打たなくちゃ!


 家族にだけ通じる合図を受けた私を追って、執事のランベルトが部屋に入る。それから侍女も数人滑り込んだ。我が家の侍女はよその貴族家と違い、騎士顔負けの強さを誇る子が多いのよ。ぐるりと見回した部屋の中は、10人ほど。作戦会議を始めましょうか。

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