104.今はダメよ、汗かいてるの!

「グレイス!? 来たのか!!」


 叫びながら鎧姿で突進するお父様を、思わず避けてしまった。だって、受け止めたら潰されそうなんだもの。派手に転んだお父様が転がり、周囲の騎士が慌てて起こしていた。そうよね、鎧姿って動きが制限されるから大変だと思うわ。


「来ちゃったの」


 にっこり笑って告げると、固まっていたお兄様達が動き出した。お父様の無様なお姿を見て考えたらしく、そっと肩に手を置くところから始まる。鎧が硬いから抱擁はなしと宣言して、頬にキスで我慢してもらう。もちろん、起こされたお父様にもキスを。


『グレイス、僕へのキスは?』


「海を渡る前にキスしたでしょ!」


 ラエルが不満だと訴えるけど、あんなに熱烈に舌を吸って口付けたじゃない。少し考えて、ラエルがにっこり笑った。美形は怖い顔しても真剣に見つめてきても、破壊力が凄い。笑ったらもう最終兵器って感じだわ。


『あれは治療だよ。僕はまだキスされてない。婚約者なのにおかしいだろう?』


「そうかもしれないわ」


 挨拶のキスなら、別にいいかしら。そう思って近づいた私の腰を抱き寄せ、顎に手が触れる。あら? さっきと同じ展開のような……背中に壁を感じる。いつの間にか後ろに下がってしまったみたい。城の城門に背中をつけて、また貪られてしまった。


「んっ、ふぅ……ん、ぁ」


 声が漏れちゃう。塞ぐなら完全に塞いで! 無茶な願いを心の中で叫ぶ。感じ取ったラエルが笑った気がして、唇が痺れるまで啄まれた。


 シャン! 鞘を滑る剣の音に、慌ててラエルの首に回した腕を引っ張った。硬い音を立てて、私の顔の横に剣が刺さる。びっくりした、お父様? あ、違った。カーティス兄様ね。


「カーティス兄様、私に剣先を向けるなんて……うふふっ」


 お母様のように語尾を言い切らない、意味深な脅しを掛ける。この後何をされるか具体的に分からない方が、恐怖心をかき立てるんですって。特にお父様似のカーティス兄様には効果が高いと思う。


「ご、ゴメン! 可愛い妹が獣に襲われてると思って、つい!! グレイスに剣先を向けたんじゃないけど、お詫びはするから」


 慌てて剣を鞘に納めて、平身低頭謝る姿に肩を竦める。ん? 首筋が温かい。首を向けるとラエルが首筋に舌を這わせていた。


「きゃっ! ダメ!! 汗かいてるのよ」


「「え? そこ?」」


 何か間違えたかしら? お父様とメイナード兄様が撃沈してるし、ラエルは嬉しそうに笑ってる。よく見たら、少し先でフィリップ様が真っ赤な顔で俯いていた。


 ごめんなさい。もしかして感動の再会シーンを邪魔しちゃったわね。謝ろうとした私に、空中を駆ける聖獣が次々と飛びかかった。


「グレイスだ! わーい」


「来ちゃったの? 主様までご一緒なのね」


 白狐シリルが小型化して顔に飛びつき、頭の上で幸せそうに頬擦りを繰り返す。フィリスは少し大人の態度だけど、翼ある狼の柔らかくしっかりした毛皮に包まれてしまった。巨大な狼に取り込まれた私は、ラエルと一緒に毛皮の海から顔を覗かせる。


 聖獣と戯れる私達を見つめる、微笑ましげな人々の眼差しが降り注いだ。なんだか恥ずかしくなってきたわ。

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