103.見当違いな答えを返してしまった

「きゃあっ……つぅ……」


 驚き過ぎて悲鳴を上げながら走り出そうとして、舌を噛んだ。すごく痛い。目に涙を浮かべながら振り返った。鉄の棒を舐めたみたいに、口の中で血の味がするわ。


「ほろろかはなひれぉ!」


 驚かさないで! 文句を言った私の髪を撫でた犯人は、長いローブ姿で肩を竦める。久しぶりにこの姿を見たわね。


『グレイス、君が悪いんだろう? どこへ行くつもりなの。隣の大陸はまだ根を張り終えてないのに』


 この大陸の上にいる限り、今のラエルから逃げる方法はない。そのくらい細かく根を張ったと聞いたわ。妹のミカを助けるために隣大陸へ伸ばした根は、まだ成長途中らしい。文句を言いながら、私を抱き締める。どさくさ紛れに近くの大木に背を押し付けられた。


 両脇に手を突かれると、逃げ場がないわね。いえ、逃げなくてもいいんだけど。いつから監視してたのかしら。反論したり文句を言おうにも、噛んだ舌が痛い。眦に浮かんだ涙を指先で拭うと、濡れた指を口に含まれた。ぺろりと舐めて微笑む美形に、私の顔は真っ赤になる。


 沸騰寸前の頭は機能を停止したみたい。木の幹に押さえつけられ、くいっと顎を持ち上げられても、されるがままだった。こんな美形と私、結婚するのよね……今更ながら、魅了されてしまう。


「ん……ふっ、うぅ」


 口付けられ、執拗に舌を追い回された。血で滑る舌は、ラエルから逃げる動きに痛みを訴える。でも逃げないと絡めて吸われるじゃない。そんなのもっと痛いわ。右へ左へ逃げても、顎を固定されてるから最後は捕まった。


 じゅるりと音を立てて唾液ごと舌を吸われる。恥ずかしさより、痛みに目を閉じた。痛い、けど……じんじん痺れる。やだ……気持ちいいかも。


『どう?』


 やっと唇が解放されて、痺れた唇と舌で「気持ちよかった」と呟いた。この時は半分意識が溶けてたと思う。だって、後で考えたら、違う意味の問いだったと思うの。


 くすくす笑ったラエルが、私の上に覆いかぶさった。後ろの木とラエルに挟まれて、首筋にラエルの吐息を感じる。人間より少し冷たい息が、耳にかかった。


『うん、それはよかった』


 首や耳はもちろん、手の先まで真っ赤になった私の頭は正常に動いていない。だって、あの時の質問は『傷は治った?』の意味だったんだもの。すぐに分からなかった。ラエルの許可を得て、一緒に馬で橋を渡ってる最中に気付いたわ。


 パールに「今頃?」と呆れられた。顔から火が出そうになるって、このことね。そのまま海に飛び込んで頭を冷やそうとしたけど、ラエルに抱きしめられちゃった。恥ずかし過ぎる私が暴れるから、後ろから来るフィリップ様達に追いつかれて……お母様に伝令が飛んだ。


 後ですごく叱られるわね。こっそり行って、こっそり帰るつもりだったのに。

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