98.どうしても母には勝てないわ

 ふらふらとパールが飛んでいく。その姿を見送り、齎された手紙を読んだ。急いで書いたのか、字が汚い。


「お父様ったら、解読から始めないとダメじゃない」


 文句を言う娘の横から母が手紙を覗く。と、すらすら音読し始めた。


「無事、王城陥落。民に配給を施す必要あり。急ぎ追加の支援を請う――あら、向こうの執政者は無能だったのね。国民を飢えさせたの?」


「よく読めたわね、お母様」


「慣れよ。昔はもっと字が汚くて、大変だったんだから」


 こう、文字の比較表を作って完全に暗号だったの。お陰で侍女や父母に見られても、恋文の内容がバレないのは良かったけど。惚気る母に苦笑いし、私は婚約者のラエルに声をかけた。


「ラエル、アマンダの居場所ってわかるかしら」


『今は戻って来てるよ、もうすぐ挨拶に来ると思う』


 運んだ荷物を街で下ろすアマンダの動向は、聖樹のラエルに筒抜けだった。もっと言えば、この大陸にいる限り隠れることは出来ない。


「便利な婿様ね」


 聖樹様から婿様へ名称が変わった。母の呼び方の違いを、ラエルは歓迎している様子だけど。私の婿という響きが好きみたい。なんだか照れるわ。


「羨ましがってもあげないわよ」


「あら、私の夫だって捨てたもんじゃないわ。大切な跡取りとその補佐官、それから宝石のような姫をくれたんだもの」


「お母様……」


 感動する母娘の会話に、のんびりした声が乱入した。


「楽しそうなとこ悪いけど、魔獣が出たから追い払ってくるね」


『遅い、もう退けたよ』


 聖樹ラエルがそう告げると、出番を失ったノエルがごろんと足元に寝転がった。


「なら昼寝するぅ」


「暇なら、お父様達の手伝いに行ってきて。ちょうど荷物を運ぶ馬車の護衛が必要だもの」


「僕はこの領地の守護役ですから」


『僕がいるから行って来ていい』


 私とラエルにきっぱり言い切られ、ノエルはくねくねと体を揺らしてごねる。絶対に行きたくないと騒いだ後、お母様に上手に操られた。


「ノエル様はご立派ですもの。荷物の護衛なんて退屈なんじゃないかしら。無理だとは思わないけど……ええ、そうよね。まさか怖いとか、無理だとか。そんなことは」


「ない! 最強の聖獣猫だからね」


 きりっとした顔で安請け合いする聖獣を見つめ、私は悟った。なるほど、ノエルはこうやって使うのね。天邪鬼な面が強い子だから、出来ないと言われたら頑張ってくれるんだわ。


 母が得意げに顎を反らす。娘である私は両手を合わせて拝んだ。まだまだお母様には勝てないわ。


「ウォレスのアマンダ様がいらっしゃいました」


 執事の案内に、ちょうど良いと動き出す。早く支援物資を用意して送ってあげなくちゃね。お腹が空いてる人がいたら、助け合うものよ。


『グレイスは本心だから凄いよね』


 ラエルに意味の分からない感心をされたけど、たぶん褒められたのよね?

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