93.気合と体力が空回りする戦場

 飛んできた矢を叩き落とす。長距離になるほど、放物線を描く矢の軌道は読みやすかった。愛用の剣で矢を落とす息子を尻目に、父はさっさと先陣を買って出る。


「我らエインズワースの旗の下に、勝利を!」


「「「「おう」」」」


「あっ! 父上、ずるい!!」


 気付けば息子を置き去りに、父は門へ突進していた。上から降り注ぐ矢を屋根のように担いだ盾で防ぐ騎士により、門の真下に張り付くことに成功する。破門槌は持ち込めなかったが、誰かが突破して内側から開ければ済む。気合を入れた騎士達が門の脇にある扉に手を掛けると……ぎぃと乾いた音を立てて開いた。


「え?」


「あれ……」


 口々に疑問を吐き出しながらも、そのまま突入する。苦労して門を破壊しなくて済んだ理由は、内側の閂に絡まった木の根だった。根を見てもどちらの聖樹なのか分からないが、騎士達は敬礼した。


「聖樹様のご厚意に、深い感謝を捧げます」


「「「ありがとうございます」」」


 向かってくる敵の雄叫びを聞きながら、敬礼が終わった騎士から応戦し始める。数人が門を大きく開放したため、残りの騎士も合流した。


「父上っ! 歳なのですから、背後に気を遣ってください」


「カーティス、背中は任せたっ! うぉおおお!」


 大きな剣を持った鎧の男を蹴り飛ばし、鎧の隙間に剣を突き立てる。興奮状態の父を守りながら、カーティスも剣を振るった。追いついた後続隊の荷馬車から、続々と兵士が降りる。とすぐに武器を手に、攻撃に加わった。


 意気揚々と出発し、途中で休憩まで挟みながら行軍した彼らに疲れはない。騎士もそうだが、荷馬車に揺られた兵士も元気だった。数人が酔った程度だが、大した問題ではない。


 飢えも疲れもないまま、勢いで攻め込まれる側は後退を余儀なくされ、すぐに敗走に変わった。砦を落とし、民を傷つけることなく進軍する。怯える民は痩せており、抵抗する気力も体力もなかった。


 城はすぐに白旗を上げ、ひとつの国が陥落する。いつの間にか姿を消した聖獣達が、王侯貴族を脅したと知るのはまだ先だ。


「終わりか」


「父上、終わりです」


 残念そうな父は、これが最後の戦場だと気合を入れていた。もう終わりと言われても、物足りなさしか感じない。たくさん殺したいわけじゃないが、余りにもあっけなかった。


 その感想はカーティスも同様で、もっと言えば後から到着したメイナードは不満たらたらだった。もう掃討戦を残すのみだ。


「全然戦ってない」


 むっとした顔で文句を言う。王侯貴族を狩り出して牢に収め、一段落したのは翌日の夕方だった。


「ところで……途中で見た民の生活が酷かったですね」


 メイナードが指摘すると、少し考えた後でカーティスが提案する。


「ここを領地とするなら、海の向こうに残した兵糧を運んで民に与えるのはいかがか」


「それはいい」


 ほとんど戦わず体力を持て余すメイナードは、数名の騎士を伴い城を出た。

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