94.戦が終われば腹を満たす
「食料を配布するから並べ」
占領軍が来た、負けたら皆殺しにされる。王族からそう説明を受けたが、抵抗する気力もなかった民は驚いた。麦や干し肉といった兵糧を積み上げ、占領軍は各家に声をかけて回る。半日ほどかけて、町中に知らせが行き渡った。
兵士が回った家では、動けない家族の分まで麦をもらったと聞いて、人々は色めきたった。占領軍でも叛逆軍でも構わない。飢えた国民は、衣食住を保障し守ってくれる人に従う。当然だった。生きていくには様々な物が必要で、枯渇した食料を与えてくれるなら逆らう意味がない。
「俺たちを殺したりしないのか?」
「殺しても金にも得にもならん」
言い切ったアイヴァンに、都の人々は涙を流して喜んだ。隠していた女子どもに出て来るよう声をかけ、家族で並ぶ。与えられた食料を生のまま貪ろうとする姿に、配給方法が変更された。
小麦を練って平べったいパンにする。焼いて配る方法に切り替えた。これならば火起こしの必要もない。意外と孤児が多く、その理由が飢えだった。さらに辿れば、無理な高額納税を求められたことに繋がる。王侯貴族の太った姿を思い出し、エインズワースの騎士達は眉を寄せた。
あの豚ども、許すまじ! アイヴァン達はもちろん、騎士から兵士に至るまで、エインズワースから派兵された全員が心に誓った。
「僕らは聖獣の解放に向かう。誰かついてきてよ」
戦力はシリルかフィリスで足りる。だがそれだけなら、封じられた聖獣は自力で脱出しているだろう。聖獣が触れられない何かが施された可能性があった。
「俺がいく」
戦いに参加しそびれたメイナードが立候補し、シリルに首根っこを咥えられて運ばれた。背に乗せてくれたらいいのに……とぼやくメイナードを見送り、カーティスは苦笑いする。
「やっぱりな。グレイス以外を背に乗せるわけがないと思ったんだ」
だから立候補しなかった。兄は狡猾だった。ちなみにアイヴァンは、パンを捏ねるのに忙しく、両手が粉だらけだったので立候補しなかったが……息子の姿に「手を挙げなくてよかった」と胸を撫で下ろす。
パンの横で、カーティスは鍋をかき回した。戦の炊き出し用の鍋は全部で5つ。世にいう魔女鍋と呼ばれる、大人が風呂に使えそうな大きい物だ。緊急時には、矢除けにも使える便利品だった。薄く加工された鉄の鍋は、ぐらぐらと沸き立っている。
干し肉を入れ、乾燥野菜を煮る。味付けに塩胡椒とハーブを投げ込んだ。基本的に野戦料理なので、特別美味しくはないが腹は膨れる。味付けを確認していると、地元の老人が調味料らしき茶色の物体を持ち込んだ。
「これ……その……味付けに」
「ん? 地元の食材か。助かる」
受け取ったカーティスは、その茶色い塊を味見もせずに放り込む。豪快なやり方に、騎士は苦笑いした。現地の人々はまさか信用して使ってくれると思わなかったのか、驚きすぎて固まっていた。
「ところで、これ、甘いのか? それとも塩辛いのか」
「味噌と言います。塩が近いです」
茶色く濁った汁を掬って味見し、カーティスは味噌を運んできた老人の腕を握った。
「美味い! 土産にしたいんで、後で肉と交換してくれ」
「は、はい」
勢いに押されて、老人は慌てて頷いた。
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新作【愛してないなら触れないで】22:10更新
「前世」で夫に殺された。結婚式当日に戻った花嫁ローザは初夜に花婿を拒む。
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