91.出陣式も緩い感じでしたわ

 戦いに出向く騎士や兵士を見送るのは、何度経験しても慣れません。それでも先頭に立つお父様達の横を、颯爽と歩く聖獣の姿にほっこりしました。本当に遠足に行くみたいね。


『……私の聖獣、助かるかしら』


「そうね。どれだけ可愛くて素敵なもふも……こほん、聖獣なのか楽しみだわ」


 危なく本音が出るところでしたわ。人間に封印されたと聞きましたが、ラエルの聖獣しか知らない私にはピンと来ませんでした。説明してもらったところ、聖獣の強さや数はラエルやミカの強さや成長具合と比例するそうです。


 増やそうと思えば、僕はあと2匹くらいイケるよ。平然と宣った婚約者に、お強請りしたいのですが……まずはミカの聖獣が無事合流してからよね。


『グレイスはもう、もふもふでいいよ。口癖だからね。他国ではとか呼ばれてたし』


「違うわ、よ」


 訂正してから気づいたのですが、もふもふな聖獣の国の方が正しい気が……その辺は後日調整しましょう。すでに広がった名称なら、訂正も大変ですから。


「皆、無事で再びエインズワースの地を踏めるよう。祈っております」


 巫女として祈りを捧げる。後ろでお母様が続けました。


「これは聖樹様を助ける聖戦です! 決して、誰かが欠けることのないように! 御武運を!!」


「「「御武運を」」」


 残る人々が唱和し、騎士や兵士が答えのように武器を鳴らす。がちゃがちゃと金属音を響かせ、彼らは敬礼して歩き出した。我がエインズワースの領地内は、馬や馬車で進む。そのため少し先で待機する馬車に分乗するのだ。


 見えなくなるまで手を振ったお母様と私は、ほぼ同時に大きな息を吐き出した。くるくると頭上で旋回する白いオウムが「行ってきます」と軍を追い掛ける。


「いってらっしゃい、気をつけてね」


 一度降ろした手を再び大きく振った。まるで、近所に遊びに行く子どもを見送るくらいの気軽さね。


『誰もケガしないように手伝う』


 自分のために動いている。ミカはそれを理解し、有難いと感じていた。ここ数日街で暮らす中で、誰もがミカを「愛らしいただの子ども」として扱う。特別扱いをせず、腫物に触るような対応もなかった。


 悪戯をすれば叱られ、手伝いをすれば褒められる。周囲の子どもを見ながら学んだミカは、すっかりエインズワースに馴染んでいた。


『もう帰るわ』


 アビーの雑貨屋の二階に住むミカは、そう告げると踵を返す。愛してくれる母親の元へ向かおうとする彼女を、慌てて呼び止めた。


『何?』


「これ、焼き菓子を作ったの。アビーや街の皆と食べて。今日のは自信作なのよ」


 不安そうに見上げるミカは、私の料理の腕を疑っている。その後ろからひょいっと顔を覗かせ、ラエルが肩を竦めた。


『安心して。食べられなくない』


『……ありがと』


 何? その微妙な感じ! 私の作った焼き菓子が不味いって言いたいの!? むっとした私に、お母様が微笑んで止めを差しました。


「食べられなくはないの。でも美味しいかと問われたら、そこは社交辞令が必要ね」


 ……ひどいわ、お母様まで。でもお父様達に持たせたちゃったんだけど、大丈夫よね?

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