90.戦というより領地拡大の遠足みたい

 戦が始まる前に結婚式を終わらせるのか、それとも結婚式の前に戦を始めるのか。迷う家族に、ラエルは平然と言い放った。


『戦はトドメを差すだけだから、数日で終わるよ。海も僕の根を渡るだけで船は要らないし、直線の道も作ってあげる。だから結婚式前に終わらせてきてよ』


 簡単そうにとんでもない発言をする婚約者に、私は額を押さえて唸った。なんてこと。それって戦じゃないわ。領地の人や家族が無事ならいいけど、何だか子供と大人の喧嘩みたい。


「ラエル、それって補給もなしよね?」


『送りたければ送っていいけど……必要になる前に終わると思う』


 うん、私もそう思うわ。だって祝福を与えたら、海まで半日。そこから根を1時間かけて渡って、真っ直ぐに2時間ですって。朝出発したら、夜には敵の目の前よ? そこで聖獣の援護付き攻撃で城を落とす。もちろん、聖樹ラエルが協力するから……多分2日もあれば終わるはず。


 隣大陸へ攻め込んで敵の城を落とすのに、往復含めて4日前後なんて。一般的に考えたら1ヶ月以上の短縮だった。補給を真剣に議論したのに、全部無駄ね。


「ちょっと大人げない気もしてきたわ」


 なぜかお兄様二人も苦笑いして頷く。今回は跡取りとか関係なく、お兄様達もお父様と同行する予定だった。命の危険がないと考えたこともあるし、次期国主が戦いの現場を知らないのも問題と考えたみたい。お母様も反対なさらなかったわ。


『グレイス、大事なことを忘れてるよ。これは聖戦だ。隣大陸を統べる聖樹のミカを殺そうとした人間は、許されてはいけない。違う?』


 眷属である聖獣を奪われ封印された。たった一人で、迫り来る炎を耐えたミカの話を思い出す。途端に私の中で怒りが湧き上がった。そうよ、あんなに可愛い少女を焼き殺そうとする野蛮人は、罰を受けるべきだわ!


「お父様、カーティス兄様、メイナード兄様。やっておしまいなさい!」


「「母上に似てきたな」」


 ぼそっと呟くお兄様達がハモる。にっこりと笑顔で視線を向けると、慌てて何度も頷いた。嫌だわ、女性の微笑みにそんな態度を取るなんて。傷ついちゃうじゃない。


「聖獣は全部出かけちゃうのかしら」


『伝令をパールに頼むから、彼女は行ったり来たりだね。フィリスとシリルは戦闘力が高いから戦に同行、ノエルはこのエインズワースの守護に残すよ』


 いつもと同じね。ソファの背もたれに止まる白いオウムのパールを撫でた。翼ある狼フィリスは小型化して足元、ソファの陰で丸くなる白狐シリルも耳はこちらを向いている。話は聞いてるのね。慣れた様子で白猫ノエルはお母様の膝、当然のように撫でさせる飼い猫っぷりが凄いわ。もうお母様と契約したらいいのに。


「フィリス、シリル、パール。どの子も色が黒くなったら嫌よ。気をつけてね」


 応援というより、悪さをしないよう願う気持ちが強い。間違っても黒や灰色にならないように。この可愛くてもふもふの聖獣が汚れるなんて、許せないんだから。それぞれに大丈夫と告げる聖獣達を抱き締めていたら、いつの間にかノエルも混じってたわ。猫らしい気まぐれさだけど、あなたは残るんじゃなかった?

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