87.もふられ椅子、三日間の刑に処す

 シリルは三日間のもふられ役を申し付けた。罰じゃないわよ? 私が役得なだけ。それに食べられたステーキ分だと、あまり長期間は命じられないし。


 巨大化したシリルをソファにしながら、お茶を楽しむ。仕事の時もシリルを椅子代わりにした。巫女である以上、まったく仕事が回ってこない末っ子特権は使えない。お母様の仕事の一部を任されていた。


 主に町の治安維持関係ね。あとは自治都市ウォレスの領主アマンダと仲がいいから、貿易関係は私の担当だ。帝国との間の関税撤廃について、メリットとデメリットを並べた一覧表を睨みつけた。


 確かに領主の収入が減る。だけど、民は豊かになるのよね。自分達の生活費が減っても、私は構わないけど……他の地方領主はそう行かない場合もある。それにあまり税収が下がると、街道の整備や農地の開拓に回せる資金が足りなくなるわ。


 唸りながらちょうどいい頃合いを探す。物によって関税撤廃? あとは期間限定とか。食べ物なら季節問わず売り買いされるから、期間限定の方がいいかしら。お祭りの前の時期にしたら、ちょうど互いに農産物が余ってるし。さらに果物が収穫される時期よね。ついでに工芸品が安く仕入れできたら、助かるわ。


 案を書き込んでいく途中で弊害に気づいた。職人と農民の格差だ。これは後々問題になりそう。一度作った提案書に大きくバツ印を付けて、理由を書き添えた。こうしておけば、どうしてこの結論に至ったかを別の人が判断したり検討できるからだ。


 エインズワースは当たり前の習慣だが、オリファント王国では採用されなかった。きっと文官が面倒なことを嫌ったのね。ちょっとの手間なのに。後でぐんと楽になるのよ。


 貿易関連を後回しに、治安の申請を読み始めた。治安部隊が足りない。増やせばいいけど、兵士の方が給与が高いのよね。だからそちらに人が集まってしまう。でも戦が始まると聞けば、兵士から治安部隊に移動を願い出る人が増えないかしら。


 聖獣や聖樹が協力しても、やっぱり戦いは怖い。死ぬ確率はゼロに出来なかった。途中で運悪く崖から落ちる可能性なども考慮すると、町に残りたい人も出てくるわね。


 戦が始まるので、兵士から移動を募る。そう提案しておいた。これで意味わかるわよね? 迷って、数行の説明を付け足す。


「お嬢様、奥様がお呼びです」


「わかったわ」


 ペンを置いて、完成した書類を別に積んだ。机の上にあった書類で終わっていないのは、貿易関係だけだ。先ほど書き込んだ数枚を手に取り、お母様に相談することにした。どうせ本宮まで行くんだもの。無駄は省いた方がいいわよね。


 のそりと起き上がったシリルが、私が座って乱れた毛を舐めて手入れする。おいでと手招きされ、シリルはがくりと肩を落とした。私が起きて眠るまで、ずっと専属のもふられ椅子なんだから、置いていくわけないでしょう? ふふっ、ステーキが高くついたわね、シリル。

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