86.聖樹の聖獣による聖樹のための聖戦?
スープやサラダを終え、魚料理は大好きなパイ包みだった。シャーベットで口直しをして、ステーキ肉にナイフを立てる。切りながらお父様の話を聞いていた私は、素っ頓狂な声を上げた。
「え、は? えぇ!?」
「グレイス、食事中に煩いわよ」
「申し訳ありません。お母様」
反射的に謝罪を口にして姿勢を正す。思わず前のめりになった腰を立てて座り直し、ナイフを置いた。深呼吸してもう一度肉に集中する。話は後よ。そう思った私を無視して、ラエルとお父様が物騒な話を詰めていく。それを止めないお母様と、話に加わって火に油を注ぐお兄様達がいた。
『仕方ないよね、向こうが攻めてくるんだから』
「今回は先手を打って準備できる上、聖樹様や聖獣様のお力を借りられるのだ。勝利は確実だな」
「聖樹様を蔑ろにする連中が攻めてくるなら、受けて立つのがエインズワースだよ。そうですよね、母上、父上」
「先鋒は兄さんじゃなく、僕に任せてほしい」
次男のメイナード兄様は今にも剣を抜きそう。お母様をチラリと見れば、反対するつもりはないみたい。いくらラエルが手を貸して、聖獣達が力を振るってくれても戦は戦よ。私は反対だわ。
ぎりぎりと肉を切り裂いて、抗議の意味を込めてフォークで突き刺す。多少お行儀が悪いけど、マナー違反ではない。そんな私の様子に気づいたラエルが、こそっと耳打ちした。
『ミカの本体が危険だ。伐り倒される前に助けたい。僕はこの大陸に根を張ってるけど、隣の大陸でも役に立てるよ。民にケガはさせないから、協力してくれないか?』
衝撃的な内容、見逃せない魅力的な提案、そして最後に頼まれてしまった。耳元で聞こえた声に顔が真っ赤になった私は、ナイフで肉を刺して口に運ぼうとして、慌てた侍女に止められる。
「お嬢様、危険です」
「……そうよ、こんな色気に勝てない。美形は得よね、私が逆らえないって知ってて……でも好きなの」
ぶつぶつと小声で呟く私を、ラエルがぎゅっと抱き締めた。手からカトラリーが落ちる。不作法にも音を立てた食器と皿は、危険回避のために侍女が下げてしまった。
どうしよう、恥ずかしいけど嬉しい。ラエルが私を頼ってくれたのよね。自分達で解決出来そうなのに、人間である私も一緒にと誘った。それって愛されてるんじゃないかしら。凄く嬉しい。
徐々に思考がピンクに染まる自覚はあるが、抜け出す方法も分からぬまま小さく答えた。
「私に出来ることなら、全部してあげたいわ」
ラエルの望みはもちろん、ミカの本体である聖樹も守りたい。あふっと足元で欠伸をした白猫ノエルが、テーブルの上に置かれた私のデザートに手を伸ばす。阻止しようとした私より早く、ラエルの手がぱちんと白猫の前足を叩いた。
『いけないよ、ノエル』
『隙ありだったのに』
残念そうにしながらテーブルを降りた白猫は、大型犬サイズの狼フィリスに頬擦りする。その隣で、白狐シリルが牛肉のステーキを齧っていた。
「……あれ、私の肉じゃないかしら」
指摘したが時すでに遅し。シリルがごくりと丸呑みした直後だった。
「シリルっ! ちょっとこっちに来なさい!!」
食べ物の恨みは恐ろしいんだからね!
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