88.女三人で物騒なお茶会を

「その椅子、本当に羨ましい」


「二人で座ったら重いわよね」


 素直に羨ましがる友人アマンダの横で、お母様が残念そうに呟く。ゆったりしたソファで寛いでいるんですもの。そんなに悪くないと思うわ。もちろん、うちのシリルの方がもふもふで気持ちいいのは間違いない。お母様は膝に乗せた白猫ノエルを撫でていた。ちゃっかりしてるわ、ノエルもお母様も。


 用意されたお茶に手を伸ばし、ほんのりと香るベルガモットに目を細める。珍しいわね、普段はアイスティに使うのに。ホットで味わっても美味しい紅茶を一口、それからお菓子を一掴みシリルの鼻先に運んだ。ぱくりと口を開けて待つ白狐の口に、ざらざらと菓子を流し込む。


『うっ、美味しい』


「そうでしょ? ふふっ、いい子にしてるご褒美よ」


 この椅子は罰じゃないの。だからご褒美が必要よね。こういうところが狡いと言われたりするけど、美味しく食べるのはいいことよ。幸せのお裾分けだもの。


「ねえ、アマンダはどうしてここに参加してるの?」


 いつもなら私の屋敷に直行して伝票を提出してから、一緒にお茶を飲むわ。お母様がそこへ入ることがあっても、わざわざ私を本宮で待っていた姿に戸惑う。何か嫌な予感がするわ。


「戦に必要なものを揃える相談に呼ばれた。陛下と相談は必要だが、グレイスは貿易担当だろう」


 だから呼んだと笑う友人は、長い足を組んで背もたれに身を預けた。普段から鍛えてるせいか、カッコいいのよね。


「そうよ、今回は戦だから国主である私も参加して、購入に関する話をまとめてしまわなくては、ね」


「簡単そうに仰るのね、お母様」


 溜め息が漏れる。女性だけのお茶会は、思わぬ難しい話に突入した。そこからは執務室で応答を繰り返すような、議論が展開されていく。必要になる物をいかに運搬するか。隣国ではなく隣大陸へ向かうなら、船の準備も必要だった。


 戦いで一番注意しなくてはならないのは、戦力ではない。士気の高まりも重要だが、補給ラインだった。ここを疎かにする軍は負ける。その最重要事項を、実際に戦に参加しない女性三人で議論した。


 当事者は無駄な物を要求するから、外部から見て最低限のラインを決めて調整していく。食べ物や武器はもちろん、装備品の予備が必要だった。馬は海岸に置いていくから、補給の部隊が回収しなければ危険だ。獣の餌になってしまう。まあ、その辺はラエルに頼んだら、聖獣の祝福で守ってくれると思うけど。


「アマンダ嬢にある程度の権限を与えて、緊急物資の決済権を与えようと思うの」


 お母様のアイディアに私が肉付けする。


「それなら上限を決めて自由裁量がいいわ。金額を超える時だけ、連絡をもらう形にしたら楽よ」


「あら、グレイス。素敵な提案だわ」


 にこにこ微笑み合う母娘に、アマンダはぼそっと指摘した。


「親族でもないのに、そこまで信用されると怖いんだが?」


「「信用も信頼もあるからいいのよ」」


 声を揃えて断言され、アマンダは両手を上げて降参した。

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