82.自分で幸せを選んだなら安心ね
追いついた私が見たのは、雑貨屋を切り盛りするアビーの胸で眠るミカの姿だった。ラエルも驚いた顔で目を見開く。ついさっきまで、人間なんて嫌いと叫んでいたわよね? それで走り去ったじゃない。気を遣ったのに、まさか寝てるなんて。
「何があったのかしら」
呟いた私に、八百屋のおじさんが教えてくれた。可愛らしい子が迷子だと思って声をかけたこと。その子に外部からきた酔っ払いが絡んで、アビーが追い払ったこと。少し時間を空けただけなのに、随分と事件が起きていたのね。
「助かったわ、ありがとう。ラエルの妹なの」
「ああ、そうなんか……ん? 聖樹様の妹?」
おじさんが気づいて考え込む。聖樹の妹は聖樹ではないのか? 若い枝か新芽の可能性があって、つまりこの少女は聖樹? 混乱した顔にすべてが書かれていて、私はぷっと吹き出してしまった。
「巫女様?」
「お嬢様、ちょっとどうなってるんだ?」
周囲も同じ結論に至ったらしく、ざわざわと騒ぎ始めた。自分達の態度を思い返して、別に無礼じゃなかったよなと確認し合う。その様子は、聖樹を本当に大切に考えていると伝わった。
『別に、怒ってないわ』
もそっと身じろぎしたミカが、顔を隠したまま呟く。銀色の髪を愛おしそうに撫でるアビーは、ミカを抱き締めて笑った。
「偉い子だったんだねぇ。このままうちの子になってくれたらと思ったけど、お嬢様に返さないとね」
『ここにいてあげても、いいけど』
ぼそぼそ声を出すミカの言葉は聞き取りづらい。それでも近くで聞いたアビーには、すべて届いてた。驚いたように目を見開き、あれまあと頬を緩める。
「こんな可愛い娘が出来るなんて、聖樹様のお陰だねぇ。幸せなことだよ」
ちゅっと頬や額にキスをするアビーを『ちょっと』とつっけんどんにあしらうが、ミカは嫌そうじゃなかった。口角が上がって目元も緩んでいる。こんな顔をしてると、さらに可愛いわ。
「良かったわ。アビー、頼めるかしら」
「もちろんですよ、お嬢様のお願いじゃなくても歓迎よ。私が欲しくて堪らなかった娘だもの」
ふふっと笑う。アビーは早くに夫を亡くした。彼女の手元に残った息子二人を必死で育て上げ、先日下の息子が嫁を貰って独立したばかり。寂しくなった分だけ仕事に打ち込むアビーは、待望の娘に表情が緩む。欲しくても手が届かなかった望みが叶い、アビーの表情は明るい。
まんざらでもなさそうなミカは、大人しく腕の中に収まっていた。これは決まりね。ミカはアビーの娘として愛情を受けたらいいわ。彼女は裏表のない女性で、とてもしっかりしたお母さんだもの。大切にしてくれるのは間違いなかった。
目配せした私に『君がいいなら僕は構わないよ』と頷くラエル。こんなに早く、予想外の形で収まると思わなかった。
両手両足でがっちり抱き着いたミカの表情が明るいことが、心の底から嬉しい。
『聖樹はね、人の心を色で読み取れる。だからミカは彼女を選んだんだ』
ある意味、巫女の選定と同じなのだと言われた。それなら納得だわ。あっという間に己の庇護者を見つけた幼い聖樹へ、幸せが数多く満ちるようにと祈った。
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