74.人間には攻撃してないでしょう
森の中に入って見えなくなるとすぐ、聖獣の白狐シリル様が祝福を重ね掛けした。なんでも「グレイスの家族がケガするのは困る」のだとか。すでに翼ある狼フィリス様から受けた祝福のお陰で、馬を含めた行軍の足取りは軽い。普段の数倍の速さで森を抜けた。
父上は厳しい顔だが、俺はわりと楽観している。というのも、グレイスの隣にいた義弟になる聖樹ラファエル様に話を聞いていたからだ。
『君は一番上の兄だっけ? 今回の行軍だけど、ケガ人を出すことはないよ。俺の根がすでに敵を捕らえたから、討伐するだけでいい。死体の処理は森に任せてくれ』
聖樹や聖獣は人間に直接危害を加えない。エインズワースの民なら知っているが、彼らは人間に好意的だった。さらに巫女のグレイスがいる状況なら、聖獣は俺達の味方になる。この状況で、聖樹ラファエル様が危険を排除したと口にした。
まさか根で敵を拘束したのだろうか。それは見応えがありそうだ。わくわくしながら、馬に揺られた。
半日も進むと徐々に地面が湿り始めた。海が近くなると川が集まっている。聖獣の祝福のお陰で足を取られることもなく、順調に進んだ。視界を塞ぐ森の木々が疎になり……先頭の騎士が止まった。敵の姿を見つけたのか?
「……敵? らしき何かが地面から生えています」
見た物を忠実に表現したようだが、その報告に全員が首を傾げる。メイナードが父上と共に進んだ。指揮官が全滅するわけにいかないので、俺は止まって見送りだ。ざわざわと騒ぎが広がって、口々に情報が伝えられた。
纏めると、敵の軍が半分ほど沈んでいるらしい。問題はその「半分」にある。人数の半分ではなく、体の下半分が大地に飲まれた状態で発見された。まだ生きているが、半数近くは動かないとか。
海のそばに底なし沼でも出来たのか? ……すっごく恐ろしい想像が浮かんだ。聖樹様は何と言ってたか。根が敵を捕らえた……その方法がこれ?
危険はないので、急いで人を掻き分けて前に出た。言葉通り、地面に人が「生えて」いる。腰を通り越して胸まで埋まっていた。人道的に言えば掘り起こすのだが、これは侵略してきた敵兵だ。見捨てる方向で固まりかけたところへ、白い尻尾を揺らすシリル様が動いた。
「えいっ」
軽い言葉と裏腹の重い攻撃を、近くの崖に向けて放つ。がらがらと崩れた土や岩が、道に生えていた敵兵に降り注いだ。え? 聖獣様は人間を攻撃しないんだよな。
青ざめた俺と同じ感想を持った父上が、見守るフィリス様に質問した。その答えがこれだ。
「そうだね、だから
逃げなかったのではなく、逃げられないようにしたのでは? 尋ねそうになり口を噤んだ。本能がそう警告していた。これはきっとグレーゾーンだ。白ではないが、黒とも言い切れない。
「……トドメは我らの役目でよろしいか?」
頷く聖獣達に引き攣った顔で笑い、父上は敵の排除を命じた。なんとも後味が悪いけど……死体が地面に飲み込まれる姿を見て、全員無言になった。黙々と作業を終え、淡々と帰路に着く。何も見なかった、知らなかったことにしよう。
グレイスがいる限り、聖樹様達が敵に回ることはない。それが心の底から有難かった。こんな目に遭いたいと思う奴はいない。――妹よ、なんとも頼もしく、恐ろしい夫を手に入れたな。
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