75.僕の色を纏って欲しいな

 侵略に失敗して逃げ帰った船が一隻、持ち帰る話を聞いて憤慨する王がいた。逃げ帰る男達に植え付けた種がゆっくり芽吹く。負け戦から帰った男達は眠りにつき、そのまま目覚めることはなかった。


 苗床として利用し、伸ばした根といずれ繋がる。隣の大陸に順調に根付きながら、麗しの聖樹は微笑む。妹の根がないことに怒りと不審を覚えながら、隣大陸の王が知らぬ間に地下から侵略していった。











「ねえ、ラエル! ラエルったら!!」


 話し掛ける愛しいグレイスに意識を向ける。頬を膨らませて怒ってるのよと示す表情が愛らしくて、手を伸ばした。触れた途端に、頬は空気が抜けてしまう。


「聞いてたの? このドレスならどの飾りが似合うかしら」


『僕なら右側のサファイアを選ぶけど。ドレスは今のもいいけど、左にあるミントはどうかな。もしくは後ろのラベンダーでもいいね』


 そもそもドレスの選択を変更するよう促せば、鏡の前に立つグレイスは唸った。どうしてもそのドレスがいいのかい? 僕の色が入ってないから、ちょっと気に入らないけど。淡い青のグラデーションは、銀髪に青い瞳のグレイスに似合うよね。ただ同系色だから、地味で無難な印象になる。


『そのドレスにするなら、髪をアップにして。それから紫水晶の髪飾り、これはやめて……こっちかな』


 ぱっぱと飾り物を彼女の肌に当てる。紫水晶を彫り込んだ髪飾りに、ピンクサファイアの首飾りと耳飾り。髪を結い上げるなら、大粒の方が映えるはず。鏡越しに微笑んだ彼女と目が合う。


「さすがはラエルね。これをお色直しのドレスにしようと思うの」


 間近に迫った結婚式に着用するらしい。個人的にはやはりミントがいい。僕の緑か金を纏って欲しいな。そう考えて眉を寄せると、グレイスはこっそり耳打ちした。


「あのね、婚礼衣装は白に金と緑の刺繍でお飾りもエメラルドにしてもらったのよ」


 すべて僕の色だ。なら、お色直しは君の色に合わせないとね。現金なもので、すぐに気分が上昇した。白い絹の光沢に僕の独占欲を満たす緑と金の刺繍だなんて、最高だよ。美しい花嫁を早く抱きしめたいね。


『楽しみだね』


「ええ、本当に。お父様達が戻ったら、もう結婚式の時期だもの。そう考えると王太后様達も参加して欲しかったけど、今は仕方ないわ」


 グレイスが希望するなら、転移で連れてきてまた帰してもいいけど。それはサプライズにしようか。君の母上と相談するよ。


 美しい婚約者の頬にキスをしながら、伸びた根が触れた同族の気配に頬を緩める。ああ、可哀想に。妹はこんな目に遭わされていたのか。すぐに解放してあげよう。僕の結婚式にも呼びたいし、隣大陸の地上を結納品にするのも悪くない。


 かつて悪魔の木と呼ばれた僕は、その名に相応しい黒い微笑を浮かべ、美しい巫女を抱き締めた。今の顔はちょっと見せられないかな。

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