63.寝物語はまだ早いようです
見事な大木を見上げる。これでも森の奥にあった聖樹の半分ほどの太さだけど。周囲にある木々を大きく引き離す成長を見せていた。
「こりゃぁ、お屋敷が目立つなあ」
堆肥を運んできた農民が口にすると、荷卸しを手伝う侍従や領民も同意した。
「確かに見事だ」
「これは遠くからも目立ちます」
「聖樹様を見上げれば、その下が領主様のお屋敷、わかりやすくていいですね」
休憩用のお茶とお菓子を運んできた侍女も頷いた。外部から来た人に公爵家の場所はどこかと尋ねられたら、一番大きな木の根元と答えれば通じる。道を教えるより早くて確実よね。
同意しながら私は新しい聖樹を見上げる。ラエルの説明では、この倍まで成長したら完成みたい。聖樹自体は年輪を重ねて大きくなる仕組みで、移動する場合は前の木の太さまではすぐ成長できるんですって。それ以上はまた年輪を重ねるらしいわ。この太さって、何年なのかしら。
『昔の記憶は曖昧だけど、たぶん6千年前後じゃないかな? 百年単位で寝たこともあるからよく覚えてない』
「6千年……大陸の歴史を遥かに超えてるわね」
大陸で一番古いと言われた古代文明が3千年前に滅びたのよね。歴史で習った話が本当なら、それ以前から聖樹は根を張ってきたのだろう。歴史を実際に目にしてきたなら、貴重な話が聞けそう。
「いつか壮大な昔話を聞きたいわ」
『寝物語に今夜、語ろうか?』
意味深に言葉を切って誘惑される。美しい顔を笑みで彩った婚約者ラエルの言葉に、頷けない理由があった。
「お父様が怖いから我慢するわ」
後ろで恐ろしい顔で睨む父に、私は肩を竦める。睨んでいる先がラエルだから平気だけど、私だったら逃げ出すわ。
「それにしても立派ね」
『僕の最愛の巫女が頑張ってくれたからね』
形容がおかしいですけど、嬉しいです。じゃなくて、私は何もしてませんわよ? ただ日がな一日聖獣達をもふりながら、聖樹が見える位置で寝転んでいただけ。
『君は忘れてるけど、聖樹の巫女は飾りじゃない。その存在自体が重要だ。僕が歴代巫女の中で妻に望んだのは、グレイスだけだよ。その意味を考えたらわかりそうだけどね』
歴代の巫女の中で、私だけ? ぼっと顔が赤くなった。急に暑く感じて、上着を少しはだける。どうしましょう、首や耳も赤いわよね。今度は慌てて上着を頭から被った。誰かに見られるのは恥ずかしいわ。
『グレイスが恥ずかしがるから、隠すよ』
聖樹ラエルの言葉の直後、足元から生えた薔薇が私を覆った。美しい純白の花弁が揺れる薔薇の棘は全て外を向き、私を傷つけることはない。茂った葉の向こうは、ほとんど見えなかった。誰の目もないことに安心して上着を戻し、上から舞い降りたパールを抱き締める。
胸の辺りや頭の上の毛が柔らかいのよね。尾羽のきちんとした感じも好き。白オウムを堪能していると、猫のノエルが足元の隙間から潜り込んだ。珍しく膝の上を希望する彼のために、地面に座る。当然のように膝に乗った白猫は、欠伸をして丸まった。
外でお父様の声がするけど、少しだけいいわよね。目を閉じて、上半身を倒す。丸い猫の匂いを胸いっぱいに吸い込んだところで、ぐいっと肉球に顔を押された。やだ、そんなのご褒美よ。さらに顔を近づけたら、嫌そうに連続猫キックされてしまう。
『……グレイス、そのための薔薇じゃないからね?』
呆れたような声が降ってくるまで、私は嫌がるノエルを押さえつけて、猫を吸いもふり堪能した。
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